泡沫の瞳
────────





真理に「お腹痛くなってきたからトイレ行ってくるね」と、教室から出たのはつい2分前。

とある、残酷な場所へ来た私は、ここから離れたくて仕方なくて。


「おそ」


そう言った男を、私は睨みつけた。
私が来るよりも先に、ここに来ていたらしい。わざわざさっき、〝早く来い〟と言わんばかりに、教室に来たくせに。
あの手のフリは、私に対してしたもの。


目の前にいる男、茅野(かや)哲人(てつと)は、睨みつける私に向かって鼻で笑ってくると、「ちゃんとシてやっただろ?」と、本当に殴りたくなることを言ってきて。


顔を下に向け、泣きそうになりながら私は口を開いた。


「お願いだからもうやめて…」

「何を?」

「…やめてよ…」

「お前とキスしたあと、あの女にキスしたこと?」

「茅野…」

「違うだろ?哲人だろ?お前が哲人って呼べばあいつのことも真理って呼んでやるよ」


本当に、最悪…。


「もう2人を裏切りたくないの…」

「ふうん」

「お願いだから…」

「────お前、分かってる?お前の言動と行動で、俺の機嫌が変わっちゃうこと」

「……」

「ほら、俺の機嫌良くしてみろ」


きらい、
大嫌い、


「取引だろ?美緒」


そう言ってくる男に、ゆっくりと近づく。
そっと近づき、顔をあげ、茅野を睨みつけた。


「…性格悪すぎ」

「俺がいい時、あったかよ」

「無い…」



大好きな杏李の顔を思い出しながら、私から茅野にキスをした。

唇を離し、機嫌を良くした彼は、「まぁ、合格」と私の髪を1束すくう。


「今の分、あの女にサービスしてやるから」



今のキスの分、真理に対して優しくしてくれるということ。


私の心は泣いていた。


杏李…助けて………。



私はこの悪魔に、従うことしかできない…。
< 3 / 10 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop