泡沫の瞳
残酷な場所、生徒会室から出た私は唇を手の甲で擦った。おかげでヒリヒリと痛く。
ぽたりと涙が零れた。
こんな事したくないのに。
茅野に〝ある理由〟で脅されている私は、従わなければならず。
時間の許す限り私は水道水で唇を洗った。
教室に戻れば、私の顔色を見て「…顔凄いよ?そんなにお腹痛いの…?」と心配してくれる真理に、「…ごめんね」と眉を下げた。
たった今、真理の好きな彼とキスをしていた。
そう言えばきっと真理は傷つくだろう。
私を許さないと思うだろう。
もう、絶交されるだろう……。
本当は言ってやりたい。
茅野はろくでもない男だよ。
最低最悪だよ。
絶対、前世は悪魔だよって。
そう言うことができれば、どれだけ楽か。
それでも言うことができない私は、拳を握りしめた。
この拳で、茅野を殴ることができればいいのに…。
放課後、「美緒」と名前を呼びながら私をむかえにきてくれた彼の元へ鞄を持ちながら近づく。
廊下まで来ると、スムーズな動きで私の手と彼の手が結ばれる。ほぼ、高確率で必ず手を繋ごうとする杏李。
私はそんな彼の手も好きだった。
というより全部が好きで。
杏李に嫌なところなんてなく。
いったん、手が離れるのは靴を履き替える下足場にいる時。スリッパから靴に履き替えようとしたときだった。
「杏李、帰るのか?」と杏李がその男に呼び止められたのは。──その声にピクっと肩をふるわせた私は、恐る恐る靴から呼びかけた人物を見る。
「ああ、帰るよ。哲人は?」
「俺はまた委員会、文化祭近いから」
「大変だな、頑張ってな」
「頑張るよ、また明日な、──小宮さんも」
いつも〝お前〟か〝美緒〟のくせに…。
そんなことを思っていると、背中を見せながら茅野は去っていった。
睨みつけたい衝動をおさえていると「すごいなぁ哲人は」と杏李の穏やかな声が聞こえた。
「頭もいいし、イケメンだし、生徒会長って。男女ともモテるし」
そうだね…。
成績優秀者で、スポーツもできて、全ての内容をまかせることができ。
それもあって先生の信頼もあって。
きっと、よく親たちが思う〝理想の息子〟なんだと思う。
だけどそれは騙されているだけ…。
本性はただの悪魔。
「最近、彼女出来たそうだけど…、美緒の友達なんだって?」
杏李が顔を傾ける。
「…うん…」
「美緒?」
名前を呼ばれて、顔を上にあげた。
「どうかした?」
どうかした?
何が?
もしかしてバレた?と、冷や汗をかきそうになりながら、「な、なにが、」と、吃りながら返事をする。
「いや、まだ、靴履き替えてないから…」
そういえば…、茅野が来てからまだ靴を持ったままで。
「あ…考えごとしてた…」
私は急いで履き替え、私を待っている杏李に近づく。当たり前のように手を繋いでくれる杏李は、「帰ろっか」と穏やかに微笑んだ。
手を繋いで歩いている最中、「さっき、何考えてたの?」と、杏李に問いかけられる。
さっき?
ああ、
茅野は悪魔なのにって考えてた…。
「…えっと、」
「うん」
なんて言おう…。
「…茅野くんも、凄いけど。私が好きなのは杏李だなぁって…」
少し誤魔化してそういえば、頬を赤く染めた杏李が「ほんと?」と、幸せそうに笑う。
「うん、杏李が大好き」
私も笑うと、街中なのに「俺も大好きだよ」と愛の言葉をくれて。
罪悪感で落ち込みそうになった時、杏李の指先が私の口元にふれた。
「…荒れてる、大丈夫?痛くない?」
そこはさっき、私が水道水で洗ったところで。
「…うん、」
「朝はそこまで、荒れてなかったよね?」
「最近、乾燥してるから。リップクリームも忘れちゃって…」
「そっか…、今日は帰りのキスやめたほうがいいかな?」
「え?」
「もっと荒れちゃうかもしれない…」
杏李とキスができないの?
「やだ…したい…」
そう言って上目遣いで杏李を見上げれば、困った顔をして笑う杏李が「1回すると、長いし止まらないの知ってるでしょ?」と、呟く。
「あんり…」
「治ったらね」
「すき……」
「うん、俺も好き」
道なのに、歩行者もいるのに。
車から見てくる人もいるのに。
杏李の胸元に近づき、私は杏李を抱きしめた。
大好きな彼氏…。
泣きそうになりながら何度も「好き」と言う私を、杏李が抱き締め返してくる。
その返事に「俺も好きだよ」と言ってくれる杏李…。
ごめんなさい…。
こんなにも杏李が好きなのに、私は他の男に抱きしめれたことがあるの…。キスもされた事ある。
私は裏切ってる…。
「杏李がだいすき……」
ぽたりと涙が零れた。
こんな事したくないのに。
茅野に〝ある理由〟で脅されている私は、従わなければならず。
時間の許す限り私は水道水で唇を洗った。
教室に戻れば、私の顔色を見て「…顔凄いよ?そんなにお腹痛いの…?」と心配してくれる真理に、「…ごめんね」と眉を下げた。
たった今、真理の好きな彼とキスをしていた。
そう言えばきっと真理は傷つくだろう。
私を許さないと思うだろう。
もう、絶交されるだろう……。
本当は言ってやりたい。
茅野はろくでもない男だよ。
最低最悪だよ。
絶対、前世は悪魔だよって。
そう言うことができれば、どれだけ楽か。
それでも言うことができない私は、拳を握りしめた。
この拳で、茅野を殴ることができればいいのに…。
放課後、「美緒」と名前を呼びながら私をむかえにきてくれた彼の元へ鞄を持ちながら近づく。
廊下まで来ると、スムーズな動きで私の手と彼の手が結ばれる。ほぼ、高確率で必ず手を繋ごうとする杏李。
私はそんな彼の手も好きだった。
というより全部が好きで。
杏李に嫌なところなんてなく。
いったん、手が離れるのは靴を履き替える下足場にいる時。スリッパから靴に履き替えようとしたときだった。
「杏李、帰るのか?」と杏李がその男に呼び止められたのは。──その声にピクっと肩をふるわせた私は、恐る恐る靴から呼びかけた人物を見る。
「ああ、帰るよ。哲人は?」
「俺はまた委員会、文化祭近いから」
「大変だな、頑張ってな」
「頑張るよ、また明日な、──小宮さんも」
いつも〝お前〟か〝美緒〟のくせに…。
そんなことを思っていると、背中を見せながら茅野は去っていった。
睨みつけたい衝動をおさえていると「すごいなぁ哲人は」と杏李の穏やかな声が聞こえた。
「頭もいいし、イケメンだし、生徒会長って。男女ともモテるし」
そうだね…。
成績優秀者で、スポーツもできて、全ての内容をまかせることができ。
それもあって先生の信頼もあって。
きっと、よく親たちが思う〝理想の息子〟なんだと思う。
だけどそれは騙されているだけ…。
本性はただの悪魔。
「最近、彼女出来たそうだけど…、美緒の友達なんだって?」
杏李が顔を傾ける。
「…うん…」
「美緒?」
名前を呼ばれて、顔を上にあげた。
「どうかした?」
どうかした?
何が?
もしかしてバレた?と、冷や汗をかきそうになりながら、「な、なにが、」と、吃りながら返事をする。
「いや、まだ、靴履き替えてないから…」
そういえば…、茅野が来てからまだ靴を持ったままで。
「あ…考えごとしてた…」
私は急いで履き替え、私を待っている杏李に近づく。当たり前のように手を繋いでくれる杏李は、「帰ろっか」と穏やかに微笑んだ。
手を繋いで歩いている最中、「さっき、何考えてたの?」と、杏李に問いかけられる。
さっき?
ああ、
茅野は悪魔なのにって考えてた…。
「…えっと、」
「うん」
なんて言おう…。
「…茅野くんも、凄いけど。私が好きなのは杏李だなぁって…」
少し誤魔化してそういえば、頬を赤く染めた杏李が「ほんと?」と、幸せそうに笑う。
「うん、杏李が大好き」
私も笑うと、街中なのに「俺も大好きだよ」と愛の言葉をくれて。
罪悪感で落ち込みそうになった時、杏李の指先が私の口元にふれた。
「…荒れてる、大丈夫?痛くない?」
そこはさっき、私が水道水で洗ったところで。
「…うん、」
「朝はそこまで、荒れてなかったよね?」
「最近、乾燥してるから。リップクリームも忘れちゃって…」
「そっか…、今日は帰りのキスやめたほうがいいかな?」
「え?」
「もっと荒れちゃうかもしれない…」
杏李とキスができないの?
「やだ…したい…」
そう言って上目遣いで杏李を見上げれば、困った顔をして笑う杏李が「1回すると、長いし止まらないの知ってるでしょ?」と、呟く。
「あんり…」
「治ったらね」
「すき……」
「うん、俺も好き」
道なのに、歩行者もいるのに。
車から見てくる人もいるのに。
杏李の胸元に近づき、私は杏李を抱きしめた。
大好きな彼氏…。
泣きそうになりながら何度も「好き」と言う私を、杏李が抱き締め返してくる。
その返事に「俺も好きだよ」と言ってくれる杏李…。
ごめんなさい…。
こんなにも杏李が好きなのに、私は他の男に抱きしめれたことがあるの…。キスもされた事ある。
私は裏切ってる…。
「杏李がだいすき……」