たとえ9回生まれ変わっても
じゃあねー、と手を振る2人を、あの、と呼び止めたのは、紫央だった。
「井上さん、吉田さん」
急に改まって言う紫央に、何を言うんだろうと、わたしは紫央を見つめた。
「連絡先教えて!」
「へ?」
わたしはびっくりして声をあげた。
紫央は携帯の類を持っていない。
携帯どころか、服もお金も何もなく、見ぐるみひとつでここにやってきたのだ。
「うん、いいよー」
2人は鞄から携帯をとりだす。
「あ、ぼくじゃなくて、蒼乃に」
「わ、わたし?」
どうして紫央がそんなことを言うのか、よくわからなかった。
あ、もしかして、自分の携帯がないから、わたしの携帯を通して連絡をとりたいってことかな?
ふうん、紫央もやっぱりかわいい女の子が好きなんだ……。
「わたしも森川さんの連絡先聞こうと思ってたんだー。むしろ教えて!」
「わたしもー」
「ちょ、ちょっと待ってて」
中学のときに買ってもらった携帯は、両親と連絡をとる以外、ほとんど使っていない。
登録の仕方がわからず苦戦しながら、どうにか2人の連絡先を登録した。
『井上桃香』
『吉田茜』
わたしの携帯の連絡先に、クラスメイトの名前が登録されている。
すごい。
「今度、みんなで遊びに行こうよ」
「行こう行こう! 今度の連休、部活休みなんだー」
「う、うん……」
とんとん拍子に話が弾む。
わたしは戸惑いながらも、胸がじんと熱くなるのを感じていた。
いままで、声をかけられるのを待っているだけだった。
連絡先教えて。
遊びに行こうよ。
何度も、そう声をかけてもらうのを期待した。
学校に入って、クラスが変わって、新しい学校に入って、またクラスが変わって。
でも、期待していたようなことは、一度もなかった。
待っているだけじゃ何も変わらなかった。
いまだって待っているだけだった。
わたしがしたことじゃない。
だけど、変わった。
紫央が変えてくれたんだ。
誰もいなくなった店内。
棚に並んでいたパンは全部売り切れて空っぽだ。
掃除をしていた手を、ふと止めた。