たとえ9回生まれ変わっても
「ぼく、お父さんの顔を知らないんだ。ぼくが小さいときにいなくなったから。それから、お母さんも、いなくなっちゃった」
ぎゅ、と胸を掴まれるように痛くなった。
お父さんの顔を知らない。
お母さんもいなくなった。
大切な人たちが離れていったとき、紫央はどんな気持ちでいたのだろう。
いままでどんな思いを抱えて過ごしてきたのだろう。
「お父さんがああ言ってくれたから、ぼくはここにいてもいいんだって、そう思えたんだ」
「紫央……」
だからさ、蒼乃。
紫央は青い瞳で、まっすぐにわたしを見つめて言った。
「目の色なんて関係ない。ほかの人がなんと言おうと、蒼乃は、お父さんとお母さんの子どもだよ。昨日、それを言いたかったんだ」
掃除をした床のうえに、涙がこぼれ落ちた。床の木目が滲む。
ふわりと、温かいものが触れた。
紫央の両手が、優しくわたしの頬を包む。
「蒼乃。顔をあげて」
顔をあげると、すぐ近くに紫央の顔があった。
「蒼乃の目は、きれいだよ」
青い瞳。
雨上がりの空みたいに、瑞々しく光る。
「それに、ぼくとおそろいだしね」
紫央は笑って言った。
わたしは目を見開いて紫央を見つめた。
それは、わたしが初めてシオを抱きあげたとき、言った言葉だったから。