たとえ9回生まれ変わっても
駅のホームに入ると、紫央が目を見開いた。
「すごい! これ見たことある!」
紫央が目の前に停まっている赤い車体の電車を指して言った。
「見たことあるって……紫央、電車乗ったことないの?」
「これ電車っていうんだ」
へえー、と興味津々に電車を見つめる紫央。
ものを覚えたての5歳児みたいだ。
いや、5歳児だって電車くらい知っているだろう。
紫央は、驚くほど何も知らない。
目に映るものすべてが初めて見るもののようにいちいち感動する。
いったいいままでどういう生活をしてきたのか、謎は深まるばかりだった。
「あっ、みんな乗るよ! ぼくたちも乗ろうよ」
「そっちは逆。あっち」
ぐい、と紫央のシャツを引っ張って、反対側の路線に連れて行く。
電車の中でも騒いでほかの乗客に睨まれてしまい、恥ずかしくてたまらなかった。
「もう、静かにして……!」
「はーい」
紫央はつまらなさそうに頬を膨らませる。
目的地にたどり着く前から、わたしはなんだかどっと疲れていた。