たとえ9回生まれ変わっても




「あーおーのっ!」

「ひゃっ」

後ろからいきなり紫央が抱きついてきて、わたしは持っていたシャーペンを落とした。


紫央はいつもいきなり部屋に入ってきて、後ろから抱きついてくる。

もう何度も食らっているのに、わたしはいっこうに慣れない。


そしてこの先も、まったく慣れる気がしない。

「な、なに、紫央……」

「遊ぼ?」

「無理。スピーチ考えなきゃいけないから」


わたしは床に転がったシャーペンを拾うふりをして、飛び跳ねた心臓を落ち着かせる。


紫央がうちで住み込みのアルバイトをはじめて、2ヶ月が経つ。


わたしは夜ご飯のあとはいつも自分の部屋で宿題や予習をするのだけれど、紫央はやることがなくて暇らしい。

つくづく不思議に思う。


紫央がどういう風に生活しているのか。


学校は?
いままでどこでどうやって過ごしてきたの?


相変わらず紫央は自分のことを話さないから、2ヶ月経っても、わたしが紫央について知ったことなんてほとんどないと思う。



いつもこっそりわたしの部屋に入ってきては、いきなり抱きついてくる紫央。


なるべく平然を装ってはいるけれど、わたしはいちいち反応してしまう。

その反応がおもしろいのだろう。
紫央はそんなわたしを見て、楽しそうに笑っている。


「はあ……」

いちいち付き合っていたら身がもたない。


わたしは気を取り直して机に向き直る。


でも後ろに紫央がいるせいで、ちっとも集中できない。


それ以前に、まだほとんど何も書けていないのだけれど。


「スピーチって何?」


首をかしげる紫央に、わたしはみんなの前で自分の思っていることを発表することだよ、と説明をした。


みんなの前で自分の思っていることを発表する。


考えれば考えるほど、こんなにわたしに向いていないことはないと思う。


いまからでもいいから、どうしてもという立候補者があらわれて代表を代わってくれないだろうか。


「ふうん。楽しそうだね」


「全っ然、楽しくないよ」


どこをどう見たら楽しそうに見えるのだろう。


その証拠に、まだ最初の1行しか書けていない。

テーマは、環境問題と人権問題はほかの学年の代表者がすでに選んでいるというので、わたしは食料問題にした。

食料問題。
世界で起こっている食糧危機とか、環境破壊による食料不足、あるいは食品ロスとか、そんな感じの。

テーマが決まっても、何を書いていいのか、まるでわからず最初から詰まっている。


まず、書きたいことがないのだ。


自分のことだけで精一杯なのに、世界のことなんて考えられない。





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