青に染まる
「ただいまー」
「おかえりなさい」

 家に帰ると、母が出迎えてくれる。
 うちは一応共働きだが、母はパートなので早めに帰ってきている。その分父の帰りが遅いことはしばしばといった感じだ。

「母さん、哀音(かなと)は?」
「もう帰ってきているわ。何か学校でやらかしてきたみたいで、ふててるわね」

 いつものことだが、今度は一体何をやらかしたのやら。

 哀音は成績もよく運動神経も抜群で、顔もいいしはっきり言ってモテる。恋愛的な意味を抜きにしても、引っ張りだこなのは間違いない。だが、反抗期に入ってから……中学に入ってから部活は文芸部という部員のいない部活に入り、勧誘に引っ張って行こうとする他の部活の人をこてんぱんにするのが習慣になっている。こてんぱんといっても、暴力をはたらくわけではないのでまだいいが。とにかく、堅物なのだ。

「哀音、私では反応してくれないからねぇ……悪いけど相楽、様子を見てやってちょうだい」
「了解」

 僕には訪れなかった反抗期というやつがどうやら哀音にはしっかり訪れたらしく、両親は戸惑っている。ただ僕にはやたら甘えてくるので、可愛いっちゃ可愛い。

 ちょうど哀音に聞きたいこともあったし、と軽い調子で部屋をノックする。

「哀音、ちょっといい?僕だよー」
「って、オレオレ詐欺か」
「相楽だよー」

 間髪入れずに食らったツッコミに兄ちゃん若干ショックだよと思いつつ、扉を開ける。鍵はかかっていなかったようだ。

「兄貴っ」

 ぽすん、と僕の腕の中に飛び込んでくる男の子。僕の肩くらいの背丈で「背が低い」とぼやいていたが、おそらくまだ伸びざかりなのだろう。そんな彼こそ、弟の哀音だった。

 父や母に甘えなくなった今……というか元々人に甘えるという行為をしない弟の哀音が甘えてくるのは、ちょっと兄の特権で嬉しい。前は「お兄ちゃん」と呼んでくれていたのが「兄貴」になったときは、僕も両親と同じように遠ざけられるのかと危惧して落ち込んだものだ。だがむしろいっそう甘えてくるようになって嬉しい。役得ってやつだ。
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