青に染まる
 しばらくして、鈴音さんは廊下を駆けて去っていく。教師に「廊下を走るな」と注意されやしないだろうか、とずれた観点から様子を見ていた。

 やがて、幸葵くんが無表情で席に戻ってくる。未だざわつく教室の中であるにも関わらず、つかつかという足音が明瞭に聞こえる気がした。

 彼は何事もなかったかのように座り、昼食を再開する。本を片手に持って読みながら食べているため、なんだか行儀が悪い。

 ただそれを軽口がてら指摘できるほど、空気は軽くなかった。例えるなら、幸葵くんの周りには「ムカムカ」やら「イライラ」やら文字が見えそうなくらいの雰囲気になっていたのだ。空気は読めているものの、無神経な(やから)は声を潜めて話す。

「マジかよ、鈴ちゃんの告白断るとか……」
「でもみんなの鈴ちゃんは守られた」
「いや、鈴ちゃん可哀想だろ」

 というのが男子。

 女子はというと、「やっぱり白崎くんって高嶺の花なのね」とのこと。高嶺の花ってこういうときに使う言葉なのか?

 こうしてずれたことを考えていないと、訊いてしまいそうな気がしてならなかった。ただ何も言わない代わり、昼休み中ずっと幸葵くんに視線を向けていた。

 少し心がもやもやとする。おそらく、心の中で野次馬根性が「聞きたい」と叫んでいるからだろう。

 けれど他の生徒がいる中でその話題を切り出したら、きっと彼は嫌な思いをするだろう。そう言い聞かせて我慢した。

 だが、放課後になると速攻で教室を飛び出した。呼び止められた気がするけれど、無視した。自分まで無神経にはなりたくなかったのだ。
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