青に染まる
 途端に、昼間のことが思い出される。僕は気まずくなって口を閉じた。その代わりのように開かれた彼の口から出たのは、思いがけない言葉。

「楽しそうですね」

 言っていることは普通なのだが、どこか冷たい。温度がない、と言ったらいいのか。びゅうっと寒風が抜けた気がした。

「あ、神童サマだー!」

 能天気な声が、空気を読まずに(こだま)する。夏帆さんだった。幸葵くんの姿を見て、面白そうにしている。

「うっわぁ、本当にどっから見ても美男子。女子が虜になるのわかるわぁ~」

 かくいう彼女は、全然(なび)いていないようだが。

 彼が不愉快そうな渋面を浮かべながら訊ねる。

「貴女、誰ですか?」
「アタシ? アタシはねぇ、四組の南夏帆。夏帆でいいよー。あとタメね」
「敬語は仕様です。貴女は?」

 幸葵くんが春子さんに水を差し向ける。春子さんは無表情で答えた。

「あたしは東雲春子。緑化委員だよ」

 しゃがんで作業をしていたのだが、春子さんは立ち上がって彼と目を合わせている。二人の中間くらいに、ばちばちと火花が見えるのは気のせいだろうか。……気のせいであってほしい。

 何故だか緊迫した空気。幸葵くんの不機嫌さと、春子さんの元々持つ威圧感が成している業だろう。しかし、そこを突き破る要員が一名。

「そういえば、二組の鈴音ちゃん振ったって本当?」

 よくこの沈黙を破れたなというより、突然の爆弾の投下によって僕は夏帆さんを二度見することとなった。

 本当に唐突で、実に今出されたくない話題。確実に地雷を踏む姿にむしろ感嘆してしまう。ただ本人は気づいていなかったらしく、何も言わない彼の姿に首を傾げる。

「あれ? なんか駄目だった?」
「……いえ」

 幸葵くんはそれ以外何も言わず、僕の腕を引いた。

「相楽、一緒に帰りませんか?」
「え、ああ、うん」

 春子さんと夏帆さんにごめんねとジェスチャーを送り、僕は彼に腕を引かれていく。……なんだか強引な気がする。
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