青に染まる
「あに、き……」

 店の奥から、鶯色の目がこちらを見つめている。そこに宿る感情は、あまり兄貴が発露しない怒りのような類のものだった。そこでおれは手を止める。

 思い出したんなら、もういいじゃないか。だが、現実はそう甘くなかった。

「やめてください、汀さん!」

 おれは目を見開き、絶句する。

 兄貴はおれのことを、「汀さん」と呼んだ。店の常連の汀哀音であることは理解しているのだろう。だが、それだけだ。汀哀音(かなと)が弟であることは思い出していない。

 白崎の野郎が憐れみをたたえた目でおれを見てくる。それがむかつく。おれは睨んでやった。

「お前はそうやっていつもいつも、おれの居場所を奪っていく……」

 恨みを込めてそう言った。

 それから踵を返し、店から出る。兄貴が何か叫んでいる気がするが、それを気にする余裕がなかった。これ以上いたら、泣いてしまう。兄貴の馬鹿……!
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