ネコの涙
そこは、大きな病院でした。

『健次、お前には黙っていたが、お父さんには、好きな人がいてな・・・』

道中の車の中で、お父さんは、全てをケンジに話しました。

出張で地方へ行くことも度々あり、その先の店で出逢った女性と、愛し合う仲になっていたのでした。

時々電話で楽しそうに話しているお父さんを見て、健次も薄々感じてはいた様子でした。

『だいじょうぶだよ、お父さん。僕は信じてるから。』

それが、ケンジの答えでした。


病室に入ると、包帯を巻いた女性がベッドで眠っていました。

私は、少し開いたチャックの隙間から、その光景を見ていました。

『峰崎さん・・・。』

『ママ。』

その女性は、ベッドにいる女性の勤め先のオーナーでした。

『遠いところをすいません。昨日、運悪く交通事故に合って・・・。彼女には身寄りがなく、あなたしか頼る人はいないものですから。』

『いえ。連絡をありがとうございました。で、容態は?』

『はい。命に別状はありません。ただ・・・』

その時、彼女が目を覚ましました。

『早苗さん!。』

お父さんが近づいて、顔を覗き込みました。

『・・・?』

『早苗さん。大変だったね。心配はいらないよ。私がちゃんと・・・』

『あなたは・・・誰?』

『・・・!?』

彼女は記憶を失っていました。体の方も重症で、少なくとも一年は、ここで寝たきりが続くとのことでした。

『そ…そんな…。』

『峰崎さん…。医者は、恐らく一次的なものだと言っていました。』

お父さんの目から、ジワジワと雫がこぼれてきました。

(あっ、涙・・・。人も悲しいとああなるんだ・・・。)

病室を出てからのお父さんは、ひどくがっかりした様子で、ホテルに着くまで、何も喋ることはありませんでした。
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