たぶんもう愛せない
<海智>
えっ?
「何を言ってるの?」

いつものソファに力なく座る海が虚な瞳でわたしを見つめる。

「俺を海智さんと呼び従順で大人しい奈緒と海と呼びハキハキと溌剌とした奈緒の二人の記憶があるんだ。記憶・・・というか、長い夢を見たんだ」

前回の私は海を海智さんと呼んでいた。
その時の記憶が海にもあるんだろうか?迂闊なことは言えないから黙っていることにした。

「奈緒とこのソファで寝ていた日、あれは俺が睡眠薬入りのワインを飲んだんだな。正直に言うと奈緒が飲んでいなくて良かったって思ってる」

「今更ね、弥生を抱くために共謀して薬を盛っていたくせに」
黙って聞いていようと思っていたのに、あまりにも身勝手な偽善に言葉がでてしまった。

「そうだな」

「それで?」

「夢の中の奈緒は2年以上睡眠薬を飲まされて少し精神的に不安定になっていた、そのことに気づいていたが、やめることが出来なかった」

「飲まされたって、まるで他人事のようね。そもそもそれをしていたのはあなたでしょ。それほどまでに弥生を愛していてやめられなかったって、とんだメロドラマだわ」

すまない・・・かすかに聞こえるくらいの声で謝った。
「俺は、この10年の間一度もあの人を好きだった事はないよ」


「ずっと諦めていた。でも、奈緒と一緒に暮らして諦めたくないと思った、だが、どうすれば抜け出せるのか答えを見つけることが出来ないまま今日になったんだ」


「弥生を愛してないの?」

「ああ、むしろ憎んでいたかな」

「それならどうして」

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