君を好きでいたこと
好きだから
「立花くん、留学するんだって」
誰が言ってた噂話か。
それが、もう何十回も頭の中をリフレイン。
帰りの昇降口で、わたしの彼氏・立花祥平の留学の噂を聞いた。
祥平は、わたしの一つ年上の高校三年生。
それで、大学に進学したらすぐ海外に行くって言われてるらしい。
そりゃあ成績優秀、スポーツ万能の祥平なら、どこにだって行けるだろうけど。
でも、そうなったら、今みたいに気軽にデートしたりなんてできなくなる。
だって海外だよ?
同じ国の同じ東京で暮らしてたって、たった二駅分の距離がもどかしくなるのに。
もちろん本人からは何も言われてないし、そんな素振りを見せたこともないんだけど。
それでも不安でしょうがないよ。
「嘘でしょ?」ってちゃんと本人に聞いて確かめたかったけど、そんな時に限って喧嘩中。
いや、そんな時だからなのかな。
もう、彼はわたしのこと嫌いになったのかなって。
そう思ったら、声をかける勇気が出ない。
電話をかけようとケータイを取り出しても、もし別れようと言われたらと思うと、怖くてたまらないんだ。
待ち受けでピースサイン、二人笑顔の写真。
あの頃に戻りたいって、そればかりを思ってしまう自分。
祥平と喧嘩したのはもう一週間も前。
きっかけも思い出せないほど小さなものだったのに、引っ込みがつかなくって大喧嘩に発展した。
毎日登下校も一緒だったのに、次の日の朝は迎えに来てくれなかった。
そういえば、こんなに長く喧嘩したのって初めてかも。
素直になれないわたしはいっつも自分から謝れなくて、言い合った次の日には祥平が「昨日はごめん」って言ってくれてたから。
だけど、今回は祥平からの連絡がひとつもなくて、着信の履歴もあの日で止まってる。
つまり、そういうことなのかな……。
祥平はわたしと別れることを望んでて、このまま自然消滅させるつもりで。
勉強机に無造作に置かれた進路希望の用紙が、わたしの目から流れる水で滲んでく。
やだ。
わたしって、こんなに涙腺ゆるかったっけ。
止めようと頑張っても流れ続ける涙。
誰に見られてる訳でもないのに、何となく恥ずかしてくて机に突っ伏す。
鳴らないケータイ。
臆病な自分。
わからない祥平の気持ち。
「逢いたいよ……祥平」