君を好きでいたこと



「先輩、卒業おめでとうございます!」


紅白の幕や春の花で飾られた体育館に響く、わたしたち二年生の送辞の言葉。
今日は、いよいよ三年生の卒業式だ。
まだ式は途中なのに、もう泣いてる人がたくさんいる。
それだけ、たくさんの思い出があるんだろう。


あれから祥平……ううん、立花先輩は見事受験に成功して、海外の大学に合格した。
だけどそれも、本人から聞いたんじゃなくて人伝に。
それが寂しくもあるけど、仕方ないよね、とも思う。


わたしはというと、先輩に貰ったあのくまのキーホルダーをきっかけに、小物のデザインに興味を持ち始めた。
まだはっきりとは決められてないけど、将来はデザインの道に進みたいと思ってる。


長い長いと思ってたけど、案外早く式は終わり。
先輩たちが去っていったあと、後輩のわたしたちは体育館の片付けがある。


遠巻きに眺めた立花先輩の制服は、ブレザーのボタンが全部なくなっていて。
やっぱり人気だなぁって、わたしは見守るしかできない。
隣のかなでが心配そうにわたしを見ているのも気づいてたけど、気づかないふりをして無心に手と足を動かす。


わたしが何か言う資格なんてない。


「じゃあね!七瀬」
「うん!また明日〜」


帰りのHRも終わり。
徒歩通学のかなでと別れ、校舎の裏手にある駐車場へと歩く。
この四時間くらいの間に、自転車のカゴには桜の花びらが雨のように溜まっていた。
今年の桜はずいぶんと早咲きだ。
この分じゃ、入学式のころには散ってしまっているだろう。
まるで、先輩たちのためにわざと早くしてくれたみたいだね。


自転車を押して校門に近づくごとに、春先の淡い光が、なぜか眩しく感じて目を細めた。
その理由がわかったのは、校門を出てすぐのこと。


一際大きな桜の樹の下に立っていたのは、制服の肩に桜の花びらが積もらせて友達と談笑する、大好きな先輩の姿だった。
三年生と二年生だとHRが終わって帰る時間も違うから、一時間近くここで喋ってたみたい。
周りにいる男子の先輩も何となく見覚えのある顔ばかりだ。


「あっ……七瀬」


自転車に乗ろうと足をかけたところで、先輩と目が合う。
あの日から一度も会話をしていないけど、不思議と気まずい感情はなかった。


「先輩、その……ご卒業おめでとうございます」
「うん、ありがとう」


先輩の微笑みに、陰りはなかった。
わたしも、穏やかな気持ちで先輩を見ていられる。
先輩と別れてからずっと続いてる自転車通学。


「バイバイ、七瀬」


手を振ってくれた先輩に、わたしもうなずいてちょっと手を振る。
だけどすぐに前を見て、まっすぐ自転車を漕ぎ出した。

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