こんな溺愛,ありですか?
「あ,雨……」



どうしよう。

置き傘も折り畳みも,今日は持ってきていなかった。

幸いまだあまり降ってはいないけど,彼氏の隣を濡れて帰るのはかなり嫌だ。

だけど言い出すのもなんだか恥ずかしくて,もじもじしていると,私の声で外をみた山宮くんが私を向く。



「ごめんしーちゃん。降るなんて思わなかった。俺,傘上だから取ってくるね。」

「あっあの……!」



普段折り畳みを使っているのを見ているからか,当然のように1人離れていく山宮くん。

離れていく右手が寂しくて,それどころでもなくて。

私のために急ごうとしていた山宮くんは,私の言葉に動きを止めて,数秒ぱちぱちと瞬いたあと



「ねぇしーちゃん。俺の傘大きいから,一緒に入ってくれる? ほら,お互いにさしてると顔見えないし,声も聞こえづらいし,ちょっと遠いから」



そう,照れたように笑った。

私に気付いていたのか分からないけど,その言葉がとても嬉しくて。

私も同意するように頷いた。



「じゃあ……待ってる,ね」



頷いて,私のためじゃなきゃとても珍しく走っていく。

私は自分だけ待ってる状況に少しだけそわそわとしつつ,雨足の強くなっていく外を眺めた。

2人で傘に入るそれが,俗に言うなんなのかは知ってる。

私達付き合ってるんだなぁって実感する,気の許された感じがとても嬉しい。

忘れ物も,雨も。

たまには悪くないかもしれないなんて,案外現金だった私は思った。



「静香」
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