こんな溺愛,ありですか?
「なんでもねぇよ」



ひらっと,頭から温もりが離れる。

スローに見えて,温かい慣れた匂いが鼻をつたって。

一瞬,辰馬くんはどこかに行ってしまうのかと思うほど,寂しい空気をまとわせていた。



「じゃあな」



なんとなく,小さな不安がチクリと胸を撫でて。



「辰馬くん。また,明日……?」

「おう。気を付けて帰れよ」



まるで,教師みたい。

ずっと教師としてそこにいた大人が,今日初めて教師に見えたなんて。

変だよね……?

だけど,ホントに。

辰馬くんの役職を分かっていながら,ただの身内に見えていたの。



「先生。……おめでと」



そう言えば,伝えてなかった。

辰馬くんが教師になったと聞いた時,そうなんだとしか思えなくて。

おめでとうより先に,頑張ってねと言った気がする。

きっと,適当に進んだ道ではなくて,昔から教え上手の辰馬くんの胸にあったであろう道で。

私は初めて,脈絡なく伝えた。



「ま,楽勝だわな」



流石。

過ぎると言うほどの辰馬くんは,私に向けて手の甲で合図する。

先生……か。

私は一体,これから何になるんだろう。

突然,先陣をきって大人になった辰馬くんの背中に,感化された。



「ひあぁっ」



するりと手を取られる。

慣れるようで慣れないその感触は突然だと3倍驚いた。

後ろから掬うように絡め奪われて,勢いのまま前へ走り出す。

外の水を弾くように,視界いっぱいで彩りある大きな花がバサリと開いた。
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