また風に抱きしめられるまで、何時までもここでずっと待っている

自殺管理班

 畳の香ばしい匂いがする。ここ、どこ?

 意識が朦朧として、目を覚ます前の記憶がはっきりしない。

「あら、この子目を覚ましんしましたよ。勇!早く来てなまし!」

 甘い声……。あれ、さっき私、この声聴いた気がする。

 視界がだんだん明確になってきた。

 だれだろ、女の人?

 そうだ、私、屋上で綺麗な女の人にあって、それから……。

 私は思わず勢いよく起き上がってしまった。

 その衝撃で、その綺麗な女の人の頭にゴツンとぶつかってしまった。

「いたっ」

「あいたたた」

「す、すみません!いきなり、起き上がってしまって…。大丈夫ですか!?」

 その人は額を抑えて、涙目になっていた。

「大丈夫でありんす。ふうさんも、大丈夫でありんすか?」

「私は全然大丈夫で…………」

 え?いや、え、なんでこの人私の名前知ってんの?こわっ。雨宮さんよりこわい。

 しかもさっき指鳴らした途端に、意識なくなって、知らないところに連れてこられているし。

 誘拐?これ誘拐?どこぞのヤクザとか反社に誘拐された?でも私なんて誘拐するメリットが……。

 そんなことを1人頭の中でグルグル考えていたら、女の人とは別の声がした。

「ちょっと高尾さん、説明していないまま連れてきたのですか?こいつ、何もわかってないようなんですけど」

 凛としていて、威厳と落ち着きを加えた声。

 髪は七三分けで、キリッとした眉と目尻が印象的。青地の着物に黒の羽織を羽織っている。

 この人もずいぶんと顔が整っているが、女の人より、少し幼く見える。彼女が化粧をしているせいもあると思うけど。

 顔が整っている2人に挟まれると、何だか醜い自分が恥ずかしくなってくる。

「勇、主さんをこいつ呼ばわりしてはいけんせん。それよりも勇、あなたずっとここで待っていたんでありんすか。主さんを迎えに行きなんし。礼儀をわきまえなんし。礼儀を」

「そんなことより、早く説明してやってください」

「まったく、勇はあちきにばっかり仕事を押し付けるんでありんすから」

 女の人がぶつぶつ愚痴を言っていると、男の人がはぁ、と呆れたようなため息をついた。

「せ・つ・め・い!こいつに早くしてください!」

「あ、私も知りたいです。まず、あなたたちは誰なんですか?」

 女の人はハッと思い出したようなしぐさをした。

「そういえば、まだあちきたちの名前を教えていなかったでありんすね。あちきたちは自殺管理班の者でありんす。あちきは高尾(たかお)。こちらの無愛想でぞっとする男は草柳(くさなぎ) (いさみ)。あぁそうそう、誤解せんように言っておきんすが、『ぞっとする』というんは、いまの時代、『いけめん』というそうでありんすね」

 いや自殺管理班って何。

 なんかのヤバい集団?宗教とか?それともやっぱり反社やヤクザ?

「自殺管理班の主な任務は、自殺して死んでしまった人と今までの人生を一緒に振り返り、来世はどういう風に生きたいか話すんでありんす。そして、あちきたちがふうさんをここに連れてきたんは、自殺管理班のもうひとつの任務のためでありんす」

「ある任務って、なんですか?」

「波澄ふう、貴様はさっき、自ら命を絶とうとして、一旦やめただろう。その瞬間、貴様に『嚮後選択(きょうこうせんたく)』の権利がある」

「きょうこうせんたくって、なんですか?」

 そんなこともわからないのか、という目で勇さんに見られた。いやいやいや、わかるわけないでしょ。初めて聞いたわ、きょうこうせんたくって言葉。

「そんなこともわからないのか、貴様は」

 案の定、私の想像していたことと同じことを考えていたようだ。

「これ勇。口を慎みなんし。ふうさんに失礼でありんす。それに、生きている人間がこのことを知っていたら、そっちのほうが大問題でありんすよ」

 高尾さんが眉間にシワをよせ、勇さんのほうをキッと睨んだ。

 それからすぐに妖艶な笑みを浮かべて、私のほうを向いた。

 黒く澄んだ瞳に心の中を覗かれそうになって、思わず目を逸らしそうになった。

「それではふうさん。あなたに与えられた嚮後選択について、話していきんしょうか」
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