また風に抱きしめられるまで、何時までもここでずっと待っている

めんどう

 学校に着いた。気づいたら、高尾さんたちはいなくなっていた。昨日言っていた、別の仕事に出かけたのかもしれない。


 今日は下駄箱じゃないのか。私の上履きは無事のようだ。これで今日のめんどうなことがひとつ減った。

 ここじゃないとしたら机の中?それともロッカー?どちらにしろ、後がめんどうなことはやめてほしい。

 そんなことを考えながら、無事だった上履きに履き替えた。ずっと替えていないから、私の上履きは汚れていて、少しきつい。だから無事に返ってきた朝は、ちょっと安心する。

 クラスに入ると、荒波が立っていたように騒がしかった教室が、一瞬だけ何もない水面のように、サーっと静かになった。

 みんなが私のほうを見ている。

 息ができなくて、全身に重力がのしかかってくる。

 またすぐにみんなが話し始めた。よかった。

 今日は「無視」みたいだ。汚い水を飲まされたり、ものを隠されるより、何倍もいいや。

 鉛のように重い足を動かし、一歩一歩自分の机に向かっていく。

 …………。さすがに、「無視」だけではなかったか。

 私の机の上には、白い花瓶に白い百合の花が飾られていた。こんなくだらないことのために、わざわざ花瓶や花を買ってきたのか。ずいぶんありがたいことで。とりあえず花瓶と花は後で片付けよう。私は花瓶ごと机のすみにずらした。

『毎日毎日よく来れるよねー。私だったら即不登校だわ。』

『早く不登校になってくんねーかな。』

『俺さっきあの怪物に睨まれた気がする。やべぇー、俺死ぬかもー。』

 うるさいうるさいうるさい。

 こそこそとしゃべっているつもりなんだろうけど、私は聞こえた。

 悪意のこもった言葉が痛くて、脳内を痛みが駆け巡る。

 聞きたくない。私は耳を塞ぐ。

 何も聞かない。耳に入れるな。目も閉じる。

 ほら、こうすれば何も見えない、聞こえない。

 ホームルームが始まるまで、そのまま過ごした。


「波澄ふう。」

 先生から名前が呼ばれた。出席確認か。私だって、必要なときはしゃべる。返事をしなきゃ。

 そのとき、クラスのカーストトップにいる男子の倉本が

「せんせーい、波澄さんなんて人、このクラスにいませんよー!しっかりしてくださーい。」

 さすがに驚いて、え、と声を漏らしてしまった。まさかここまで徹底的に無視するとは思わなかった。レパートリー増やしてきたな、こいつら。

 倉本の言ったことに、くすくすみんなが笑っている。

「おまえらなぁ、あんまりやりすぎはいかんぞ。」

 先生がめんどうくさそうに、後頭部をポリポリかいた。先生が助けてくれるとか怒ってくれるとか、そういうのは全く期待しているわけではないけど、さすがにいまのは、もう少し注意して欲しかった。

 きっと、自分の受け持ったクラスでいじめが起きていたなんて、知られたくないのだろう。

 そのまま窓の外を見ながら、授業中もぼーっとしながら過ごした。


 午前の授業が終わって、昼休みになった。

 私は教室から出て、購買に寄って、いつものメロンパンとカフェオレを買ってから、屋上に行った。教室でご飯なんて食べたら、取り上げられて捨てられるかもしれない。

 昼食ぐらい、ゆっくり食べたい。

 スマホのバイブ音がなった。だれだろ。お母さんは今日機嫌が悪いからちがうし、他にかけてくる人はいない。

 スマホを開くと、雨宮さんからだった。あの人、本当に送ってきた。まさかほんとにするの?心中。

『波澄さん、こんにちは!今日の放課後、空いていたりするかな?空いていたら、僕の学校の校門で待っててもらえるかな。あ、ちなみに僕の高校は麗慧(れいけい)高校だよ。じゃあ、また後でね。』

 正直、めんどくさい。だって、麗慧高校は県内トップ校だもん。私みたいな特に何の特徴もないビミョー校の生徒が校門の前にいたら、ジロジロ見られるに決まってる。

 もちろん、見た目も含めての意味だけど。

『じゃあ、また後でね』って、私が来る前提か。

 まあ行くけど。これは、私の死がみんなに知れわたるための段階。行ってみよう。

 私は、残っていたメロンパンをカフェオレで流し込みながら、屋上を後にした。
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