協道結婚
【6】突然の発表…そして
1ヶ月後。
「誠様がお見えになりました」
秘書が主人(あるじ)に告げる。
新宿御苑を見下ろす様に聳え立つ高層ビル。
岩崎建設本社の最上階にある部屋。
岩崎 重蔵(しげぞう)の社長室である。
そのドアを誠が開いた。
数ヶ月ぶりの親子の対面である。
「誠。少しは世の中ってものが分かったか?」
豪勢な椅子に座り、眼下の東京を見下ろしながら重蔵の第一声。
「貴方の言う世の中とは、多分違うと思いますが、私の知りたい世の中については、自分なりに分かって来たつもりです」
決して不仲な親子ではない。
あまりにも大きな権力を持つ者として、その業界のみならず、政界や様々な組織に関与するには、それなりの代償や割り切りも必要なのである。
時として、それが誠には理解できないこともあり、そんな父を見たくなかった。
「ふむ。なかなか言う様になったな。お前に任せたマンション部門も、頑張っている様だな。」
事実、国内のマンション事業は非常に厳しい。
重蔵は、息子に世間のその逆風を感じさせる為に、敢えて任命したのである。
ところが、誠の地道な努力と、データ分析能力が的確に市場のニーズを捉え、売り上げは業界で唯一、プラスに転じていた。
更には人当たりが良く、社員や現場の作業員にまで配慮する彼の人徳が、みんなの気力をとりまとめ、明るい職場へと導いていたのである。
重蔵は「全て」を知っていた。
席を立ち、ラウンジエリアに誠を手招きする。
予想外のことに、誠は驚きを隠せない。
「誠よ。お前には今の日本が忘れてしまった「人情」がある。私は、ただただ上を目指す人生の中で、どこかへ忘れてきていた様だ」
「と、父さん。どこかお悪いのですか?」
真面目に心配になった誠。
「ハッハ〜っ!お前にそんな風に気遣われること自体、やはり道を踏み外しておった証拠だな。彼女の言った通りか」
「彼女?もしかしてまた新しい…」
「違う違う。馬鹿を言うな。私が愛したのはお前の母、一人だけだ。他はマスコミが騒いだだけの偽りだ。少しは父親を信用しろ」
誠の母は、二年前に病気でこの世を去っていた。
社長夫人として重責を担いながらも、夫を支え、手を抜くことなく誠を育てた。
普通の女性であった彼女には、どんどん大きくなる夫に、ついて行くことさえ、無理な負担であったのである。
「では?」
「彼女も、私と同じ…いや、それ以上の権力と重責を担った者よ。あんなか弱そうな体で、私では計り知れない程のものを支えておる。半年程前に偶然会った私は、奢り(おごり)に満ちていた。」
父が、こんなに多く、しかも自分のことを話すことは初めてであった。
「同じ世界に生きる者と思い上がり、つい『この世界にまで上り、なぜそんなに忙しく働くのか?』と軽々しくも問うてしまったんだよ」
察しはついた。
「で、ラブさんは何と?」
「分かるか。ワッハッハッ!やはり分かるか!」
心底嬉しそうに笑う父も初めて見た。
「彼女はな…
『この世界に、上も下もない。権力など、人として共に生きるには全く無意味。自分は、例えたった一人でも、自分を信じてくれる人がいる限り、共に生きていきたい。自分なんかで力になれるなら、精一杯守りたい。』
「と言い放ちやがった。今でも、忘れられんよ、あの彼女の、一点の曇りもない目を。そして慈しみを込めた声で私に、『貴方はそんなに強くはない。静寂の中に己の姿をさらけ出してみてください』と言った…」
きっとその時の彼女を思い浮かべている。
そう感じた。
「悔しかったな〜あの時は。いや、実に情けなかった。」
「そうでしょうね。父さんから見たら、小娘が何を言うか!って、普通は腹が立つでしょう」
「ハハっ!まだお前には分かるまい。私が悔しかったのはな、あんな小娘が…いや、ラブが、この私を『信じてくれている』ってわかったからだ!」
思っても見なかった。
「だからこそ、あんな大口を叩けた。いやっ〜本当に参ったよ。あんな人間がいるとはな」
(これが…あの父さん? いや、これが母さんが愛した、本当の父さんなんだ)
決して権力にものをいわせ、人道倫理に外れたことはしない父ではあった。
でも、あの頃の父には息子さえ寄せ付けない威厳があった。
初めて、同じ世界の人として。
自分の敬うべき父を見た誠であった。
その後は、今まで話したくても話せなかった、自分の思いを打ち明けた。
それは、普通であり、今の世の中では普通ではなくなった、親子の会話であった。
最後に真顔になった重蔵が、誠の肩をつかんで言った。
「この会社は、お前に任せる❗️」
「えっ!それは…つまり…」
「この椅子を誠にやるってことよ❗️」
「そ、そんな突然な!だって…」
「以上❗️」
満面の笑顔であった。
「誠様がお見えになりました」
秘書が主人(あるじ)に告げる。
新宿御苑を見下ろす様に聳え立つ高層ビル。
岩崎建設本社の最上階にある部屋。
岩崎 重蔵(しげぞう)の社長室である。
そのドアを誠が開いた。
数ヶ月ぶりの親子の対面である。
「誠。少しは世の中ってものが分かったか?」
豪勢な椅子に座り、眼下の東京を見下ろしながら重蔵の第一声。
「貴方の言う世の中とは、多分違うと思いますが、私の知りたい世の中については、自分なりに分かって来たつもりです」
決して不仲な親子ではない。
あまりにも大きな権力を持つ者として、その業界のみならず、政界や様々な組織に関与するには、それなりの代償や割り切りも必要なのである。
時として、それが誠には理解できないこともあり、そんな父を見たくなかった。
「ふむ。なかなか言う様になったな。お前に任せたマンション部門も、頑張っている様だな。」
事実、国内のマンション事業は非常に厳しい。
重蔵は、息子に世間のその逆風を感じさせる為に、敢えて任命したのである。
ところが、誠の地道な努力と、データ分析能力が的確に市場のニーズを捉え、売り上げは業界で唯一、プラスに転じていた。
更には人当たりが良く、社員や現場の作業員にまで配慮する彼の人徳が、みんなの気力をとりまとめ、明るい職場へと導いていたのである。
重蔵は「全て」を知っていた。
席を立ち、ラウンジエリアに誠を手招きする。
予想外のことに、誠は驚きを隠せない。
「誠よ。お前には今の日本が忘れてしまった「人情」がある。私は、ただただ上を目指す人生の中で、どこかへ忘れてきていた様だ」
「と、父さん。どこかお悪いのですか?」
真面目に心配になった誠。
「ハッハ〜っ!お前にそんな風に気遣われること自体、やはり道を踏み外しておった証拠だな。彼女の言った通りか」
「彼女?もしかしてまた新しい…」
「違う違う。馬鹿を言うな。私が愛したのはお前の母、一人だけだ。他はマスコミが騒いだだけの偽りだ。少しは父親を信用しろ」
誠の母は、二年前に病気でこの世を去っていた。
社長夫人として重責を担いながらも、夫を支え、手を抜くことなく誠を育てた。
普通の女性であった彼女には、どんどん大きくなる夫に、ついて行くことさえ、無理な負担であったのである。
「では?」
「彼女も、私と同じ…いや、それ以上の権力と重責を担った者よ。あんなか弱そうな体で、私では計り知れない程のものを支えておる。半年程前に偶然会った私は、奢り(おごり)に満ちていた。」
父が、こんなに多く、しかも自分のことを話すことは初めてであった。
「同じ世界に生きる者と思い上がり、つい『この世界にまで上り、なぜそんなに忙しく働くのか?』と軽々しくも問うてしまったんだよ」
察しはついた。
「で、ラブさんは何と?」
「分かるか。ワッハッハッ!やはり分かるか!」
心底嬉しそうに笑う父も初めて見た。
「彼女はな…
『この世界に、上も下もない。権力など、人として共に生きるには全く無意味。自分は、例えたった一人でも、自分を信じてくれる人がいる限り、共に生きていきたい。自分なんかで力になれるなら、精一杯守りたい。』
「と言い放ちやがった。今でも、忘れられんよ、あの彼女の、一点の曇りもない目を。そして慈しみを込めた声で私に、『貴方はそんなに強くはない。静寂の中に己の姿をさらけ出してみてください』と言った…」
きっとその時の彼女を思い浮かべている。
そう感じた。
「悔しかったな〜あの時は。いや、実に情けなかった。」
「そうでしょうね。父さんから見たら、小娘が何を言うか!って、普通は腹が立つでしょう」
「ハハっ!まだお前には分かるまい。私が悔しかったのはな、あんな小娘が…いや、ラブが、この私を『信じてくれている』ってわかったからだ!」
思っても見なかった。
「だからこそ、あんな大口を叩けた。いやっ〜本当に参ったよ。あんな人間がいるとはな」
(これが…あの父さん? いや、これが母さんが愛した、本当の父さんなんだ)
決して権力にものをいわせ、人道倫理に外れたことはしない父ではあった。
でも、あの頃の父には息子さえ寄せ付けない威厳があった。
初めて、同じ世界の人として。
自分の敬うべき父を見た誠であった。
その後は、今まで話したくても話せなかった、自分の思いを打ち明けた。
それは、普通であり、今の世の中では普通ではなくなった、親子の会話であった。
最後に真顔になった重蔵が、誠の肩をつかんで言った。
「この会社は、お前に任せる❗️」
「えっ!それは…つまり…」
「この椅子を誠にやるってことよ❗️」
「そ、そんな突然な!だって…」
「以上❗️」
満面の笑顔であった。