sweets 〜 焼き菓子が結ぶ恋物語 〜
1.フリーランスのパティシエール
「うん、今日もいい感じ」
お菓子の焼き上がりを、漂う香りで感じつつオーブンの中をのぞいた。
想定通りの焼き色に仕上がったサブレ。
焼き上がりを告げるベル音を待って、オーブンを開けた。
1枚取り出して、味と触感を確かめる。サブレはクッキーよりもバターの量が多いから、サクサクして歯触りもやわらかい。
このサブレは、今日のお昼過ぎに介護施設に届けることになっていた。
指定された量を箱詰めし、余分をいくつかの子袋に入れて、まとめて車に積む。
「こんにちはー。お菓子の納品に来ました」
「二葉(ふたば)ちゃん、待ってたわ。いつもありがとう」
「所長さん、こちらこそいつもご注文ありがとうございます」
車からサブレの箱を下ろしながら、出迎えてくれた施設の所長さんに挨拶する。
私の作るお菓子を毎週注文してくれるお得意様だ。
「事務所に運んじゃいますね」
玄関から事務所に運ぼうと、スニーカーからスリッパに履き替えて一歩を踏み出した時。
「あ、二葉ちゃんそこ!」
「え? きゃっ!」
踏み出した足は床に着地した瞬間に、ツルリと滑って浮き上がった。
いけない、お菓子が!!
自分が後ろに倒れることよりも、その衝撃でサブレが粉々になることが頭をよぎった。
ドスン。
良くてお尻を打つか、下手したら身体ごと床に叩きつけられるか・・・そう思っていたのに、私は誰かに受け止められた。
「大丈夫か?」
頭の上から、男の人の声がした。
続いて、オロオロした所長さんが心配そうに言った。
「良かった、二葉ちゃん。頭でも打ったらどうしようかと思った」
「あ、大丈夫です。すみません不注意で」
「そこの張り紙、見えなかった?」
また頭の上から声がして、その人は自分から私を離した。
あ、ほんとだ・・・ワックス掛けの直後だから注意するように書いてあった。
「助けたのに、お礼のひと言も無し?」
振り返った私に、その人は無表情で言った。
その言葉を聞きつつも、私はサブレの箱と袋を開けて、ひとつも壊れていないことにホッとした。
「ありがとうございました。おかげでお菓子がひとつも割れずに・・・」
「お菓子?」
「はい」
「あ、友哉(ともや)くん、二葉ちゃんはお菓子を納品してくれるパティシエさんなのよ。あ、女性だからパティシエールさんか」
「へぇ・・・」
「あの、これ良かったらどうぞ」
私は子袋に分けたサブレを、ひとつ彼に渡した。
「卵や乳製品のアレルギー無いですか? もしあったら食べられないので・・・」
「無いけど」
そう言うと、彼は私の目の前で、袋からサブレをひとつ取り出して口に入れた。
距離が近いからか、サクサクという音まで聞こえる。
「・・・美味い」
「でしょ? 私も二葉ちゃんのお菓子の大ファンなのよ」
「おふたりとも、ありがとうございます。そう言ってもらえると、作りがいあります」
自分の作るお菓子を目の前で褒めてもらえることなんて滅多に無いから、素直に嬉しかった。
「じゃ、この箱がみなさんの分で、この子袋が所長さんの分です」
「ありがとう。後でコーヒーといただくのが楽しみ。いま受領書もってくるわね」
「はい」
所長さんは箱と子袋を抱えて、事務所に入っていった。
「あのっ」
改めてお礼を言うべく『友哉くん』がいた方を振り返ると、彼はもういなかった。
お菓子の焼き上がりを、漂う香りで感じつつオーブンの中をのぞいた。
想定通りの焼き色に仕上がったサブレ。
焼き上がりを告げるベル音を待って、オーブンを開けた。
1枚取り出して、味と触感を確かめる。サブレはクッキーよりもバターの量が多いから、サクサクして歯触りもやわらかい。
このサブレは、今日のお昼過ぎに介護施設に届けることになっていた。
指定された量を箱詰めし、余分をいくつかの子袋に入れて、まとめて車に積む。
「こんにちはー。お菓子の納品に来ました」
「二葉(ふたば)ちゃん、待ってたわ。いつもありがとう」
「所長さん、こちらこそいつもご注文ありがとうございます」
車からサブレの箱を下ろしながら、出迎えてくれた施設の所長さんに挨拶する。
私の作るお菓子を毎週注文してくれるお得意様だ。
「事務所に運んじゃいますね」
玄関から事務所に運ぼうと、スニーカーからスリッパに履き替えて一歩を踏み出した時。
「あ、二葉ちゃんそこ!」
「え? きゃっ!」
踏み出した足は床に着地した瞬間に、ツルリと滑って浮き上がった。
いけない、お菓子が!!
自分が後ろに倒れることよりも、その衝撃でサブレが粉々になることが頭をよぎった。
ドスン。
良くてお尻を打つか、下手したら身体ごと床に叩きつけられるか・・・そう思っていたのに、私は誰かに受け止められた。
「大丈夫か?」
頭の上から、男の人の声がした。
続いて、オロオロした所長さんが心配そうに言った。
「良かった、二葉ちゃん。頭でも打ったらどうしようかと思った」
「あ、大丈夫です。すみません不注意で」
「そこの張り紙、見えなかった?」
また頭の上から声がして、その人は自分から私を離した。
あ、ほんとだ・・・ワックス掛けの直後だから注意するように書いてあった。
「助けたのに、お礼のひと言も無し?」
振り返った私に、その人は無表情で言った。
その言葉を聞きつつも、私はサブレの箱と袋を開けて、ひとつも壊れていないことにホッとした。
「ありがとうございました。おかげでお菓子がひとつも割れずに・・・」
「お菓子?」
「はい」
「あ、友哉(ともや)くん、二葉ちゃんはお菓子を納品してくれるパティシエさんなのよ。あ、女性だからパティシエールさんか」
「へぇ・・・」
「あの、これ良かったらどうぞ」
私は子袋に分けたサブレを、ひとつ彼に渡した。
「卵や乳製品のアレルギー無いですか? もしあったら食べられないので・・・」
「無いけど」
そう言うと、彼は私の目の前で、袋からサブレをひとつ取り出して口に入れた。
距離が近いからか、サクサクという音まで聞こえる。
「・・・美味い」
「でしょ? 私も二葉ちゃんのお菓子の大ファンなのよ」
「おふたりとも、ありがとうございます。そう言ってもらえると、作りがいあります」
自分の作るお菓子を目の前で褒めてもらえることなんて滅多に無いから、素直に嬉しかった。
「じゃ、この箱がみなさんの分で、この子袋が所長さんの分です」
「ありがとう。後でコーヒーといただくのが楽しみ。いま受領書もってくるわね」
「はい」
所長さんは箱と子袋を抱えて、事務所に入っていった。
「あのっ」
改めてお礼を言うべく『友哉くん』がいた方を振り返ると、彼はもういなかった。
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