sweets 〜 焼き菓子が結ぶ恋物語 〜
ガチャ、とリビングのドアが開いて、親父たちが出てきた。


「木下先生、書類よろしくお願いします。高橋さんは社員への説明を・・・。酒井さんには、事務から退職手続きの書類が届くと伝えてください」

「わかりました。明日の朝、対処します」


退職手続き?
聞き間違いじゃないよな・・・いま、酒井さんて。


「親父、支店で何があったんだ?」

「友哉・・・帰ってたのか。母さんと一緒にリビングに来い。話がある」


3人ともリビングのソファに座ったところで、親父が話を始めた。


「結婚式の夜、支店に強盗が入って売上金を狙われた」

「盗まれたのか?」

「ああ。しかし1日分だ。うちは毎日高橋がしっかり管理してるから、店に何日分も売上を置くことは無い」

「そうか、結婚式の夜は高橋さんもいなかったから、そこを狙ったってわけか」

「そうだ。ただ・・・」

「・・・酒井さんがいたのね」

「そうなんだ」

「親父・・・まさか彼女を疑ってるのか?」

「そうじゃない。そうじゃないんだが・・・」


はっきりしない親父の話し方が気に入らない。


「だったら何だよ」

「防犯カメラには、パティシエの格好をした女が、事務所に出入りするところが写っていたと警察が」

「え? 嘘だろ?」

「まさか・・・酒井さんじゃないわよね?」

「後ろ向きだから顔が分からないと、警察は真っ先に彼女を疑った」

「そんな・・・なんでだよ・・・」

「状況証拠ってやつだ」


なんてことだ・・・。


「酒井さんは、警察に連れて行かれたの?」

「任意同行という形で警察に行って、短時間だが取り調べを受けた。もちろん並行して、指紋採取や画像解析が進められて、彼女は無実だと証明されたんだが・・・」

「・・・かわいそうに。辛かったわね」


なぜだ。
無実だと証明されたのに、どうして退職なんてことになるんだ。


「でも、どうして酒井さんが退職するの? 無実なのよね? なんの問題も無いはずなのに」


母親も疑問に思ったらしい。


「高橋の話では、自分のせいでこうなったと彼女は言っているそうだ。自分が毎晩遅くまで残っていなければ、なりすまして強盗に入られることも無かったと」

「だからって・・・」

「このまま店にいても、気まずいだけだから辞めさせてほしいと言ったそうだ」


彼女のせいなんかじゃない。
俺のせいだ・・・俺が、あの時あの女に声でも掛けていれば、警戒して強盗に入る気も失せたはずだ。


「パリに・・・」

「ん?」

「彼女をパリに連れて行く」

「おい! 友哉!」


俺は家を出て支店に向かった。
まだ彼女が、オーブンの前にいるような気がして。

車を走らせながら、何度も同じことを考えた。

彼女が悪いんじゃない。
彼女は何も悪くない。
ただひたすら、自分の仕事に向き合っていただけだ。

それなのに、どうしてこんなことになるんだ。


『彼女のひたむきさを、ずっと守ってやりたい。
できることなら、俺の手の届くところで』


彼女をパリに連れて行く。
彼女ひとりに背負わせるなんて、そんなことは絶対にしない。

そう意気込んだものの、支店にはもう彼女の形跡はひとつも無く、連絡も取れない状態になっていた。

俺は、無力だった。
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