sweets 〜 焼き菓子が結ぶ恋物語 〜
「火傷の跡が残らないといいけどな」


左手の火傷の傷にそっと軟膏をぬり、ガーゼを交換しながら友哉さんは言った。


「私は、残ってもいいと思ってる」

「どうして?」

「友哉さんがあの時、私を助けに来てくれたこと、ずっと忘れずに済むから」

「そんなの・・・忘れたっていいんだよ。はい、包帯も終わり!」

「ありがとう」


なんだかすっかり眠気も冷めて、ダイニングでお茶でも飲もうということになった。

湯呑み茶碗から立ち上る湯気を見ながら、友哉さんに父のことを話そうと思った。


「友哉さん」

「ん?」

「私、使わないのにパスポート持ってる・・・って」

「ああ、そういえば言ってたな」

「ANZAIを辞めた時、父を探そうかなって思ったんだよね」

「パリに行くつもりだったのか?」

「うん・・・」


もしあの時パリに行っていたら、その先には違う道が待っていて、こうして友哉さんと一緒にいることは無かったのかもしれない。


「行かなくて良かったけど」

「え?」

「あ、ううん。それで、パスポートのために戸籍謄本取るでしょ? その時に、父の名前を知ったの」

「書類に書いてあったのか・・・」

「うん」


私は、それまで一度も口にしたことのない名前を言った。



「星崎 征一郎」



ふと友哉さんを見ると、急に表情が硬くなった。


「二葉・・・いま、何て・・・」

「え?」

「いま、何て言ったんだ?」

「・・・友哉さん?」

「星崎・・・征一郎・・・って、言ったよな?」


友哉さんが右手で口を覆うようにして、さらに目を閉じて黙っている。

え・・・どうしたの?


「二葉」


友哉さんがダイニングの椅子から突然立ち上がった。


「ごめん・・・パリ行きはキャンセルだ」

「え!?」

「その前に、やることがある」


そう言って、友哉さんは表に出て行ってしまった。

・・・どういうこと?


30分ほど経って、友哉さんが帰って来た。

良かった・・・あのまま、出て行ったまま帰って来ないんじゃないかと、不安になった。


「二葉、ひとりにしてごめん」

「ううん。友哉さんこそ、大丈夫だった? 急に様子がおかしくなって・・・」

「大丈夫だよ」

「そう、良かった」

「二葉」

「何?」

「その・・・親父さんのノートって、今も持ってたりするか?」

「あるけど・・・」

「もし構わなければ、ちょっと見せてもらえる?」


不思議に思いつつも、バッグの中にある父のノートを取り出した。


「いつも持ち歩いてるのか?」

「もう習慣になってて、入ってないと落ち着かないのよ。お守りみたいな感じ」


手渡すと、友哉さんは何ページかめくり手を止めた。


「二葉、お母さんから親父さんのことは何か聞いてる?」

「え? うーん、そうだな・・・とにかく仕事が好きで、焼くお菓子がどれも美味しくて、でも生クリームが苦手で・・・」

「それ、お母さんのノロケ話だろ」

「あ・・・確かに!」


私たちは顔を見合わせて笑った。


「父の悪口っていうか、恨み言みたいなものは一度も聞いたこと無いんだよね」

「一度も?」

「うん。だからかな・・・私も、パティシエを職業にすることに何の疑問も無かった」


ふぅ・・・と、友哉さんがため息をついた。


「親父さんに会いたいのは、二葉よりもお母さんだな。きっと」
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