sweets 〜 焼き菓子が結ぶ恋物語 〜
パリ行きはキャンセルになったものの、友哉さんと私は、翌日改めて母のもとに向かった。

キャンセルの理由を聞いたけれど、友哉さんは『予定が変わった』と言うばかりで。


「ただいまー」


私の声に気付いて、車椅子に乗った母が出てきた。


「まぁ、いらっしゃい。友哉さん・・・よね?」

「はい、安斉 友哉です。初めまして」

「背が高くて素敵ね。いいなぁ、二葉」


友哉さんを見て、母がニコニコ笑っている。


「お母さん、お茶入れるね」

「うん。冷蔵庫にケーキもあるから出して」

「え、ケーキ?」

「何? マズかった? お父さんみたいに生クリームが苦手?」

「いえ、大丈夫です。いただきます」


慌てる母に、友哉さんが落ち着いて答える。
母の反応に私の方が恥ずかしくなる。


「違うわよ。友哉さんはケーキのプロなの。パリのお店でも、ケーキが専門なのよ」

「え? パリ?」


その地名に、当然母が反応する。


「そうなんだ。友哉さんはパリでケーキを作っているのね」

「はい」

「ということは・・・二葉も、一緒にパリに行くのかな」

「うん、そのつもり。それを、お母さんに伝えに来た」

「そっかー」


口調は明るいけれど、目を伏せた母は寂しそうだった。


「パリに行く人を見送るのは、これが2回目ね」

「お母さん・・・」

「私の大切な人は、どうしてみんなパリに行っちゃうんだろう」


今にも泣きそうな母を前に、友哉さんが突然話し始めた。


「あの・・・不躾な質問で申し訳ありません。もしかして、お名前は『まりこ』さんではありませんか?」

「え?」

「友哉さん、どうして母の名前を?」

「やっぱり・・・」


昨日から、友哉さんの様子がおかしい。


「あなた・・・もしかして征一郎さんのことを何か知ってるの?」


母が、友哉さんに向かってストレートに聞いた。


「昨日の夜、たまたま二葉さんと話をしていた時に、父親の名前が『星崎 征一郎』だと聞きました」

「そう・・・二葉に聞いたのね」

「はい。ただ、彼女の父親だと聞いたのは昨日が初めてで、私も、正直動揺しました」


確かに・・・私が父の名前を口にした後の友哉さんは、いつもと何だか違っていた。

でも、どうして・・・?


「二葉さんにもまだ話していませんでしたが・・・おっしゃる通り、私は星崎さんを知っています」


え!?


私より先に、母が友哉さんに尋ねていた。


「本当に? 友哉さん、本当に征一郎さんを知っているの?」

「はい」

「最後に見たのはいつ? 最近? どこで? 征一郎さんは元気なの?」


矢継ぎ早の質問に、友哉さんも驚いていたけれど、私にしてくれるように、母にもやわらかく笑いかけた。


「今でも、大切に思っているんですね」


友哉さんにそう言われて、母が真っ赤になった。


「嫌だわ、私ったら・・・」

「お母さん、可愛い!」

「もう! 二葉まで」


母をからかうなんて、初めての経験。
こんなに可愛らしい人だったんだ。


「最後に見たのは、日本に来る直前です。パリの、星崎さんのお店で。元気かどうかは・・・ご自分で確かめるといいですよ」

「え?」

「友哉さん、それってどういう意味?」

「言葉のままだよ」

「まさか・・・でもそんなはずは・・・」


母がうろたえる。


「明日の昼に羽田に着く飛行機です。俺が呼びました」
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