sweets 〜 焼き菓子が結ぶ恋物語 〜
「え? 友哉さん?」

「えっと、『二葉さん』だったよな」


私が『友哉さん』と呼んだからか、彼も私を『二葉さん』と呼んだ。


「はい、酒井 二葉です」

「酒井 二葉さん、こんなところで何を?」

「あー・・・パティスリーの新商品めぐりでもしようかと思って、たまたま前を通りかかって」

「ふーん、お菓子の参考?」


彼は私がパティシエールだと知っているから、お菓子の勉強に新商品を食べるのだと考えたのだろう。


「んー、ちょっと違いますかね」

「あ、そう」

「友哉さんは、どうしてここに?」

「俺もたまたま。そしたら、見たことある人が通りで突っ立ってるなと思って」


昔を思い出して立ち尽くしていた私は、友哉さんには突っ立っているだけに見えたのか・・・。

それはそうと、この前のお礼を言わないと。


「あの、友哉さん。先日は助けていただいてありがとうございました。サブレ、やわらかいので壊れなくて良かったです」

「・・・サブレより自分の心配しないと。頭でも打ったら大変だろ」

「あ・・・はい」


お菓子を楽しみにしてくれる人たちのことしか、頭に浮かんでいなかった。
もしほとんど割れてしまったとしたら、きっとがっかりするんだろうなと思って。

サブレを守れたことの方が、私には大きかった。


「まぁ、いいけど。じゃあさ、二葉さん」

「はい?」

「新商品めぐり・・・だっけ? 俺におごってよ」

「助けていただいたお礼に? お菓子でいいんですか?」

「いいよ」

「あ、もちろん。じゃ、この先にまずは1件あって・・・」

「まずは? 何件行く気?」

「・・・3件くらい」


それを聞いた友哉さんは、何かを察したように呆れ顔で言った。


「何かあったのか?」

「え?」

「3件行って、いったいいくつ食べる気だ」

「・・・」

「度を超すと、ただのヤケ食い。そういう食べ方は何かあった時だろ? お菓子に八つ当たりするな」


友哉さんの言うとおりだ。
おそらく、美味しく食べられるのは2個くらいで、そこから先は・・・。

無意識に自分のしようとしたことを正面から突き付けられて、私はさらに落ち込んだ。


「友哉さん・・・私、帰ります。お礼はまた今度でいいですか?」

「あ、おいっ」


背中から追いかけてきた声を振り払って、私は走って家に帰った。
あたりはもう暗くなっていて、私は部屋の電気もつけずに冷蔵庫から缶ビールを出して飲んだ。

そのままベランダに出て、なんとなく景色をながめながらビールを飲み干した。
幸いなことに、家にはもうお酒が無く、ヤケ酒もできなかった。

あの時、お店を辞めなければ、私はどうなっていただろう。

今のように、たったひとりでお菓子を作っていただろうか・・・。
今日見た新築のお店のような、ガラス張りの明るい店舗で、お客様を迎えたりしていただろうか・・・。

でも、あの時は辞めるしかなかった。
私がお菓子作りにのめり込まなければ、毎晩遅くまで、試作品作りに没頭していなければ起こらなかった事件だ。

昔を思い出して落ち込むことは、これまでだって何度もあった。
その度に、なんとかひとりでやり過ごしてきたのだけれど。

友哉さんと話していて、溜め込んでいた思いの蓋が少し開いたみたいだ・・・。
涙があふれてきて、久々に気が済むまで泣いた。
< 3 / 32 >

この作品をシェア

pagetop