生贄は囚われの愛を乞う~棄てられ令嬢と狼将軍~
春祝祭に参加するため都に向かうのを数日後に控えたある夜。
レナは荒々しく部屋の扉を叩く音で目を覚ました。
「何事ですか?」
夜着に薄いショールを羽織っただけの無防備な姿で扉を開ける。そこには顔を青くした義兄が立っていた。
まさか無理強いしに来たのかと身を固くしたレナだったが、義兄の様子はどこかおかしかった。今にも泣き出しそうに瞳を潤ませ、酷く狼狽している。
「大変だ……都から領地運営に監査に軍が来る…!! もう向かっていて、朝には到着するそうだ!」
「なっ……!!」
義兄の言葉にレナも息を飲む。
領主である義父は以前から領民を苦しめていた。これまで指摘されなかったのは大量の裏金をばらまいていたからだとレナでさえ知っている。
「どうして今になって!!」
「……俺が、証拠を都に送ったんだ」
「何故!!」
「そうすればお前は、春祝祭に行くどころではなくなるだろう?」
じっとりとした義兄の視線にレナは身体を固くする。義兄の執着をレナは甘く見ていた。家族を危険に晒してでも、この男はレナを手に入れたがっているのだ。
「だが、相手が悪かった。奴らはこの領地ごと取り潰すつもりだ。狼将軍が来るなんて聞いてない!」
「狼将軍……」
その名前には聞き覚えがあった。庶民出身でありながらも、抜きんでた剣技と腕力、そして冷酷な頭脳で一将軍まで上り詰めた男。
彼は厳格な王の元、悪事を働く貴族にはとても厳しいとされる存在。
まるで狼のごとき風格と、悪事に対する鋭い嗅覚から、揶揄するように「狼将軍」などと呼ばれている。
「あんな大物相手では我が家は簡単に取り潰されてしまう。家じゅうの金を集めてきた。俺と逃げようレナ」
乱暴に腕を掴まれレナは悲鳴を上げる。
「離してください!!」
「いいから来い!俺はもう後戻りできないんだ!」
嫌だと暴れるレナを義兄は無理やり引っ張っていく。