生贄は囚われの愛を乞う~棄てられ令嬢と狼将軍~
だが、玄関ホールまで来たところで領主や他の家族に見つかってしまう。
彼らもまた、将軍が来ると言う情報を知り、恥知らずにも財産をかき集め、屋敷と領地を捨てて逃げる算段をしていたのだ。
義兄はレナを迎えに行っただけだと取り繕っていたが、彼の執着を知る家族の視線は冷ややかだった。
「逃げるのに、この娘は足手まといです。置いて行きましょう」
そう口にしたのは義母だった。義姉をはじめとする他の兄姉達もそれに同意を示す。
領主はここまで手間暇をかけたレナを手放すのを渋っている様子だったが、状況がそれを許さないのをわかっていたのだろう。むっすりと黙り込んでいる。
ひとり抵抗したのは義兄だった。連れていくとごねる彼は、使用人たちに連れられて行ってしまった。
「お前はこの家に残り、将軍たちに適当に言い訳するのです。私達が逃げる時間を稼ぎなさい」
冷酷なその言葉はレナに生贄になれと言っているも同然だった。
養女とはいえ、悪政を働いた領主の娘が監査に来る軍隊にもてなしてもらえるわけがない。
「……わかりました」
だがレナはその言葉に静かに頷く。
着いて行ったとしても義兄の慰み者になるだけ。それならば、いっそ虜囚扱いされた方が幸せかもしれないと思えたのだ。
領主一家が逃げ去るのを見送りながら、レナはがらんどうになった屋敷に一人残された。
残っていた使用人たちにも逃げるように伝えたので、本当にひとりきりだった。