生贄は囚われの愛を乞う~棄てられ令嬢と狼将軍~
「ほぉ、お前があの領主が掌中の珠として磨き上げてきた娘か。噂に違わず美しい」
レナの全身を不躾な視線で眺めまわしながらその男はそう口にした。
眼帯を付けた隻眼の彼こそが、狼将軍ことローガンであった。光の加減で金色に見える片目が、ぎらぎらとレナを睨みつけている。灰色交じりの黒髪が狼の毛並みに良く似ていて、狼将軍の名はここから来たのかもしれないとレナはぼんやりと考えた。
将軍というだけあって軍人らしくたくましい体つきをしたローガンの前に立たされていると、自分はなんとちっぽけな存在なのだろうと本能的な恐怖で身を縮める。
「で、肝心の領主一家はどこだ。お前は養女の筈だろう。まさか逃げたのか」
「……」
「だんまりか」
口を開かないレナの様子をどこか面白がるようにローガンは口元を歪めた。
大きな掌が伸びてレナの顎を掴む。
無理矢理に顔を上げるように引き上げられ、ローガンとまっすぐに顔を向き合わせた。
ひとつだけの瞳が妖しく煌めいている。
「大事に育てられていただけあって本当に磨き上げられた娘だ。しかも忠誠心までも持っているとは、よく教育したものよ。それともお前が野心家なのか」
ひどい棘の混じるローガンの言葉にレナは眉根を寄せる。
レナが黙っているのは決して忠誠心からなどではない。もう彼らに関わることに疲れた、それだけだった。
そんなレナをしげしげと見つめていたローガンは、顎を掴んでいた手を離すとレナの身体を軽々と持ち上げた。
「きゃっ?! 何をするのですか!!」
「ようやく口をきいたな。何をするかだと? 当然訊問だ。知っている事を全て話してもらおう」
「……私は何も知りませんし、話しません! 降ろしてください!!」
「その我慢がどこまでもつのか楽しみだ」
腕の中で暴れるレナをまるで家畜のように抱え上げ、ローガンは歩き出す。
そしてそのまま馬車に押し込められたレナは、ローガンたちが済む砦に連行されたのだった。