意地悪幼馴染みが優しくなって帰ってきたけど、全然信用できません!!
「……よく引っ張ったり、ぐしゃぐしゃにしたりしたよね。ごめん」
どこを見たらいいのか分からない。
なのに、目が鏡の中の陽太くんから離れなかった。
「俺、何をするでも、輝にした酷いことばっかり思い出したよ。なんで、あんなことしかできなかったんだろうって。だから、大人になったら絶対、輝が喜んでくれることしたい……できるようになっておきたいって。俺の志望動機、それだけ」
ドライヤーの熱風は、心地よいくらいの距離から吹くのを保ってる。
頬がみるみるうちに赤くなっていくのは、熱っていくのは。
「不純? だよね。でも、俺の全部、輝でできてるんだ。また、会えたら……本当にそれだけで生きてきたから……こんなご褒美ないよ。何て言うか、俺の夢が叶ったのって美容師になった時じゃなくて、今、だからさ」
美容室でも、そうだったかなって。
もっと正直に言えば、他のお客さんにもそうなのかなって。
だとしても、今までずっと恨んできて、今だってけしていい態度じゃない私がどうこう言える立場じゃないのに。
そう思っちゃうくらい、指先も掌も――ひたすらに甘い。
「……って、ごめん。不謹慎だね。あんな事件を“おかげ”にしたりして。……はい、できました。どう? 自分でするよりかは綺麗でしょ。そんなでも、一応本業だからね」
陽太くんの手は甘すぎる。
甘くて甘くて、自分の身体には毒だって思うのに――こんな言い方は、酷いけど、でも。
「あれ。俺、輝の髪弄れてテンション上がってて。ごめん、どこか気に入らない? 」
首を振るタイミングが大幅にズレて、ちょっと慌てたみたいに陽太くんが言った。
「……ううん、そうじゃなくて。……助けてくれてありがと。それに、謝るの私の方だから。ここまでしてくれるのに、嫌な態度でごめんなさい」
「……輝……」
「できました」なのに、また優しく掌が這う。
髪を乾かしてもらうのが気持ちよくて、まだ余韻の残ったとろんとした自分の顔を見ていられない。
鏡を背に振り向くと、陽太くんの髪はまだ滴っていた。
「輝、優しすぎ。言ったじゃない。輝はそんなこと言わなくていいの。俺が輝にしたことは、そんなものじゃないんだから。……でも、嬉し」
嬉しい。
好き。大好き。
これ以上に、それが伝わる笑顔があるだろうか。
少なくとも、私の人生、恋愛経験でこんな表情を浮かべる人と出会ったことがない。
「髪、傷むって……」
毛先から、ぽたっと雫が垂れて。
無意識に触れそうになった手を急いで引っ込めると、そっと人差し指同士、絡めてきて。
「俺は平気。自分の髪には無頓着なんだ。……ってか、輝以外には」
そんなに甘いのたべると、毒だよ。
分かってるのに、ついつい手が伸びて口の中に放り込んでしまうような中毒性――陽太くんの手指も、声も、言葉も。
そんな、見るからに砂糖漬けの禍々しい色したお菓子みたいだ。
「だから、こうしてたい。ダメ……かな。いや……? 」
あんなじゃなくて、喜んでくれる触り方がしたい。
その言葉どおり、その動きは呼吸が止まりそうなくらい優しい。
「好き」でできてるのが伝わる、手の動きに気が遠くなりそう。
「……っ、か、乾かしてから聞く……! 」
それ、毒だよ。
つまみ食いしそうになって、すんでのところでどうにか思い止まったみたいに、そう言って部屋に逃げた。
「はーい。……ありがと、輝」
再び音を立てるドライヤーに、そっと心臓に手をやった。
静まれ。
大丈夫、だから。鎮まれ。
無理言わないで――そう、ドクドク鳴るのを止めてくれない。
だって、仕方ないよ。
輝、輝、あきら。
自分がその名前だって、こんなに思い知らされるなんて。