意地悪幼馴染みが優しくなって帰ってきたけど、全然信用できません!!
「ちょっと待ってて。早退してくる」
「……もしかしなくても、この後予約が……」
嫌な予感。
気持ちは嬉しいけど、かあっと上がった熱がじわじわ下がるみたいな確信でしかない、それ。
「指名されてたけど、でも輝の方がだいじ」
「だめに決まってるでしょー!? 」
軽快にターンしてお店に戻ろうとする陽太くんの背中を、すんでのところで捕まえた。
「ええ……だって俺、今幸せの絶頂期だよ? こんな人生を左右する大事な時に、他人の髪切ってる場合じゃない」
「……なに言ってるの……美容師さん……」
恐らく、この後も指名で埋まってるんだろう。すごく人気みたいだし……技術的にもだけど、もちろんそれ以外の意味でも。
「大体、何て言って早退するつもり……」
「え、そこは普通に仮病とか、親戚の不幸とか? 」
「もう、絶対通用しないね」
透明なドア越しに、視線すっごい。
「……別にクビになっても……」
「だ、だから、いいわけないでしょっ……!?!? 」
陽太くんって、冗談なんか言いそうにない。
服を掴んだままだった手で、今度はこっちに向き直った彼の裾を握り締めた。
「分かってるってば。さすがに、付き合えた日に無職になるのは嫌だもん」
嫌だな、からかっただけだよって、クスクス笑らわれたけど、ちっとも恥ずかしくない。
(……とても信じられないんですけど)
「でも、送っていけないと心配。気をつけて……って、可愛い彼女に言ってもね。できたら……着いたら教えてくれる? 」
「……仕事中は出なくていいからね? 」
ほら、また嘘にしか聞こえない「あはは」って笑い声。
「セット、どんなのがいいか考えといて。あ、その時間絶対空けとくから、予約しないでね。うちにも、他の美容室にも」
「え? 」
聞き返すと、ちょっとがっかりしたのかふっと息を吐いて。
ピンッと弾くみたいに頬に触れた後、たったそれだけのことで後悔したみたいに、そっとその跡を辿る。
「仕事じゃない。俺が、彼女の髪で遊びたいだけ。だから、予約とか要らないよ。了解? 」
「りょ、うかい」
指先の、本当に先の方、触れる面積はものすごく狭いのに、だからこそ恥ずかしいし切ない。
「あーもう。本当にこの為に生きたのに、輝離さなくちゃいけないとか辛すぎる……」
今、真っ赤になってるはずなのに。
今こそ、からかうところじゃないかと思うのに。また、そんなこと言って。
「その……自分でもびっくりだし、こんなことになるなんて、陽太くんに再会するまでまったく思ってなかったけど」
そう思うと、人生を左右……は大袈裟かもしれないけど、確かにそうかも。でも。
「……絶頂期ではないと思う」
「……輝……」
――そう、信じたい。
その為に私も、できることがあるはず。
「……うん。期待してて。……あぁぁ、可愛い可愛い、か」
「……っ、仕事!! いってらっしゃい!! 」
クビにはならなくても、叱られるだけで済むんだろうか。
いいかげん心配どころじゃなくなってきて、話を強制終了する。
逃げる背中の方で、楽しそうな笑い声が聞こえて、ほっと力が抜けた瞬間。
「ありがと。……いってきます」
後ろから回った腕に肩を抱き戻されて――そっと後頭部に口づけられた。