意地悪幼馴染みが優しくなって帰ってきたけど、全然信用できません!!
「溺愛」なんて可愛いもんです
「……なんか、ちょっと恥ずかしいね」
もう何度目か目が合って、ふっと笑うを繰り返した後、鏡の中の陽太くんが言った。
「陽太くんが恥ずかしいの? 」
絶対、恥ずかしいのは私の方だ――暗にそう主張すると、嘘っぽくその顔が拗ねた。
「恥ずかしいよ。輝が無言でじーっと見てるんだもん。……って、今それしかできないよね。体勢、きつくない? 」
確かに、そのとおり。
洗面台に無理やり椅子を持ってきたここは、後ろに陽太くんが何とか立てるスペースしかない。
美容室の設備と比べてしまうと、ちょっときついかもしれないけど。
「大丈夫」
それよりも、陽太くんの家に来てるんだ。
他にお客さんなんていないんだってことが、ものすごくそわそわさせる。
他の声なんて聞こえなくて、陽太くんが時折話しかけてくれる以外、しんと――……。
「ごめんね。もうちょっとだけ、我慢して」
「う、ん」
――しすぎてて。
髪を結うはずみで、ほんの少し耳元や頬、顎――肌を掠める音があるなら、それすら耳が拾ってしまいそう。
「予約しなくていいって、こういうことだったんだね」
その申し出も、すごく申し訳なさそうに切り出してくれた。
陽太くんの部屋で、セットしてもらう。
たぶん、ギクリとしてしまったんだろうな。
私が頼んだのに、あんなふうに悪いことしてるって感じで言わせてしまった。
「ん? うん……そうだけど、ちょっと違う、かな」
「え? 」
実際こうしてるのに、違うってどういうことだろう。
首を傾げるのに、参ったなってまた笑った。
「言ったでしょ。これ、完全プライベート。輝の髪、そっと触る。俺の夢が叶ってる瞬間ですよ」
――俺の夢、美容師になることじゃないんだよ。
言ったでしょ、って囁かれて、ちょこっとだけ残されて垂れた耳の近くの髪が揺れた気がした。
完全プライベートの言葉どおり、美容室ではあり得ないくらい近い。
おどけたような敬語との対比がすごくて、頭も、触れられるたび反応する触覚も忙しくてついていけない。
「だから、まさかとは思うけど、お金払うつもりだったとか言わないよね」
「…………言わない」
ギクリ。
触れられてる時は我慢してたのに、陽太くんの手が止まってから、今度ははっきりビクンとする。
「思ってたの言わないだけだよね、それ。もー……輝は。泣くよ、俺」
わざとらしく鼻を啜るのがおかしくて、肩の力が抜けた。
緊張を解そうとして、ふざけてくれたって知ってる。
きっと、本当に泣きたいんだろうなってことも。
「だって、こんなに綺麗にしてもらったのに。無償っていうのはなー」
「あ。無償だと思ってるんだ。そんなわけないのに」
「え?」すら言う間もなく、陽太くんが私の後ろから横に移動して。
彼を追って横を向いた頬に左手が触れ、右手は。
「……っ、ん……」
唇に触れたのは、親指。
「……ありがとうございました。また、お待ちしてます」
唇が触れたのはおでこだ。
ただそれだけの、軽くて――重い、キス。
美容室の前で、お見送りするみたいな台詞が、普通のお客さんに言うよりも堅い。
自惚れだって、のろけだって、自分でも思うけど、きっとそれで合ってる。
お客さん相手に使う、少し高くてのんびりした陽太くんの声が、今、一気に低くなったことも。