意地悪幼馴染みが優しくなって帰ってきたけど、全然信用できません!!
気づいた時には抜け出せないから沼なんです
カツッ……。
後ろで例の靴音がして、瞬時に振り返る。
会社の中、他に歩いてる人もいるのにそんな微かな音が聞こえるなんて、過敏に反応しすぎかもしれない。でも。
「……お疲れさまです」
やっぱり、それは池田さんだった。
「……お疲れさまです……」
どうして、すぐ声を掛けてくれないんだろう。
この前のこともあって、気まずかったとか?
ううん、そもそも別に来社したからって私に話しかける必要はない。
「お久しぶり、ですね」
少し不自然なところで一呼吸置いたのも、「避けてましたよね」って揶揄されたみたいで胸がざわざわする。
「そう、ですね」
だから、私も変なところで区切り、会釈をした。
「お話ないですよね。失礼します」の意味。
だって――それは当たりだ。
もともと社外の人だから、それほどの繋がりも付き合いもない。
それでも、私は――あれから、ずっと池田さんを避けていた。
「……っ、あの! 」
池田さんにしたら、訳が分からないと思う。
もしかしたら、それまでの私が密かに憧れていたのだって気がついていたかもしれない。
それなのに突然、こうもよそよそしくなるなんて。
「怖がらせてしまったのは謝ります。しかし……」
池田さんらしくない。
もちろん、そんなに詳しく知ってるわけじゃないけど、取引先の社内で、相手方の女性社員を呼び止めて私的な会話をするなんて。
(……しかし……? )
しかし、何だって言うの。
「大丈夫ですか……? 」
その質問はおかしい。
私の勘違いだとは思うけど、驚かせて――奪う、なんて言ってみせたりして。
その人がどうして、そんなことを聞くんだろ。
「つけ入る隙があるなら……」
「……っ、失礼します! 」
今度ははっきり言葉にした。
こんなところで、誰かに聞かれようものなら
またおかしな噂になってしまう。
ううん、陽太くんのことはただの噂じゃない。
今となっては事実だし、仕事には何の関係もない。
でも、池田さんは違う。
取引先の担当者だし、よく出入りもしてる。
うちのお偉いさんともやりとりがあるし、何より。
それでも押し通したくなるような、恋愛関係じゃない。
「……っ、伊坂さん。話を……」
私の声が大きかったせいか、池田さんは逆に声を落とした。
聞こえなかったふりをして通路を走り、角を曲がる。
(……いいよね、だって)
つけ入る隙なんてない。絶対。
一度断ってるんだから、それ以上聞かなくても。
そう言い聞かせて、自分でも納得もしてる。
なのに。
(……どうして……? )
すごく、悪いことしてる気分になる。
だって――池田さんだって、悪い人じゃなかった。
靴音のことは気になるし、怖いけど。
それでも、池田さんだという確証はない。
奪うとかつけ入るだって、ただ本気で口説きたいだけかもしれない。
少なくとも、ただ告白されただけなら、話くらい耳を傾けてもいい――……。
(……陽太くん)
陽太くんへの気持ちと、池田さんに対する信頼が両立できない。
池田さんと付き合うことはあり得ないけど、そこからどうして、知人として信じることすら困難になるのか。
――カッ……。
追おうか迷い、途中で止めたような音を聞いて振り返るどころか先を急ぐしかできない。
――こうなった原因はなに?