意地悪幼馴染みが優しくなって帰ってきたけど、全然信用できません!!
「えっ……? 」
自分の耳で聞こえた声は、あんまり相応しくない気がして、わざとらしく紅茶を口に含む。
「よかったね。これでひとまず、安心。あ、でも、変なやつなんてそこらじゅうにいるから、暗い道とかは通らないでね」
「う、うん」
そうだよ。
「よかった」でしかない。
その他の感情が芽生えるなんて、変じゃない?
しかも、何とも言い表せないネガティブな気持ち。
「……正直言うとね。迷わなかったわけじゃないんだ。輝にこれを伝えるの」
「どうして……? 」
やっぱり分からないんだ、って苦笑。
いつか遠く、でもさっきのような気もする、おかしな時間軸のどこで見覚えがあるんだろう。
「犯人、池田じゃなかったよ。たぶん、輝の知らない男。……それ聞いたら、輝がまた池田の方に近づいちゃうんじゃないかって……ううん、違う」
テーブルの向かい側から、そっと――でも、きゅっと指が絡んでくる。
「犯人があいつだったら。輝はあいつを怖がったままで、嫌いになったままで……」
――逆に俺のこと頼りにしてくれて、ずっと好きでいてくれるんじゃないかって。
「最低だって知ってる。でも、これが俺の本心。……ごめんね、こんな男で」
震えてる。
あんなにきつく絡んだはずの指先が、今はやっと私の人差し指だけ捕まえて。
「そんなことないよ」
今にも解けそうになるのを、今度は私から絡め直した。
「そんなことない……」
私の伝えられてる気持ちが、不足してるんだ。
これ以上どう表現していいか分からなくても、他の人なら十分な量だとしても。
「違ったって同じだよ。後ろから声を掛けられて、怖かったってことは変わらない。その後、陽太くんに会ってほっとしたのも」
――好きなのが陽太くんだってことは、何も変わらない。
「迷ったのに……言いたくなかったのに、教えてくれてありがと。その件は終わったけど、確かに帰り遅くなると怖いから……今までどおりでもいい? 」
伝われ。
「……っ、う、ん。うん……もちろん。輝がここに帰ってきてくれたら、俺も……じゃない。俺が、安心。……輝」
ほんの少しでも。
この瞬間だけでも。
「ありがとう。本当に嬉しい」
繋がったままだった指先を、優しく引っ張って口許に運ぶ。
「輝のそういうところ、大好き。俺が、どれだけ救われてるか知ってる? だから俺も、輝にいっぱい返したい」
「そ、そんな大したことじゃないし……その、もういっぱい」
――ものすごい勢いで、返ってきてる。
指も手の甲も、掌や手首の内側まで。
テーブルを挟んだ状態で届く限りの場所にキスしようとするように、唇を押し当てられる。
「足りないよ、全然。輝がこんな俺に優しくて、可愛いとこいっぱい見せてくれて。もうずっと……あの日から、これ以上好きになれないってくらい大好きだって思ってたのに……それ、ずっと更新してく」
ああ、まただ。
甘くて過剰すぎる台詞の中の何かが、私の中に埋め込まれて外れてくれない。
「愛してる」
世間一般的に最大級の愛を表した言葉が、陽太くんだととても簡素に聞こえてしまう。
「ほら。輝も、足りないって顔」
思いきり出てたのか、そう笑って。
「び、びっくりしただけ……! 」
「なんで? もう何度も言ってるよ。それよりもずっと、すごいことも。輝もそう思ったくせに」
愛してるよりも、もっと深くて甘くて――重いこと。
「全部、本気。伝えたいし、上手く伝えられなくて失うのは、二度と嫌だ。……ってことで、輝。今日はお休みしようね? 」
「え!? 大丈夫だってば……」
たぶん、計ったら熱なんてない。
陽太くんだってそう思ってるから、体温計なんてワードを出してこないのでは。
「ダメだよ。体調悪い時に、何かあったらどうするの。……ね、今日だけ」
「で、でも」
これくらいで、欠勤の連絡するのも面倒。
可愛く頼んでも承諾しない私に痺れを切らしたのか、立ち上がって。
身構える私の後ろから、椅子と私の腰を緩く縛るみたいに腕で固定して――……。
「……っ……」
――首と鎖骨のギリギリにキスマーク、なんて優しい悪戯。
「何か巻いてく? でも、部屋の中で取らなかったら怪しすぎるね」
「きょ、今日だけでもな……」
「ん? ……薄くなるか濃くなるかは、輝次第」
――増えるか、もね。
「……休む……」
「うん。片付けとか気にしなくていいから、ゆっくりしてて」
満足そうな陽太くんに拗ねながら、部屋に戻ろうとして――止まる。
(……そういえば)
――犯人、どんな人だったんだろう。