『お願いだから側にいて』~寂しいと言えない少女と孤独な救命医の出会い~
病院から歩いて5分ほどの距離にある小さなレストラン。
通りから一本入ったところにあり、看板さえも出ていない隠れ家的なところ。
料理もうまいし、雰囲気もいいがみんなでワイワイする店ではない。
俺も何度か先輩に連れられてきたことがあるが、1人で入るには敷居の高い店だ。

「杉原先生、飲んでる?」
騒いでいる研修医に紛れて、1人黙々とお腹を満たしている俺に先輩が声をかけた。

「ええ」
とりあえず半分ほど空いたグラスを掲げて見せる。

決して飲み会が嫌いなわけではない。
こんな仕事をしていれば酒席も多いし、接待されて出かけることもある。
ただ、俺は酒自体が好きではない。
できることなら一滴も口にしたくない。
もちろん社会人としてそんなことができるはずはないのだが、少なくとも自ら飲もうとは思わない。

「今日は待機じゃないですよね?」
「ああ」

グラスのワインを残したまま食事を口にする俺に研修医たちが不思議そうな顔をしている。


今日はバレンタインデー。
たまたま週末だったこともあり、独身の先輩や奥様を大切にする上司たちはみな定時に帰って行った。
残ったのは彼女のいない俺と、特定の女性と付き合わないことをポリシーにしている先輩。あとは研修医たちばかりで、いつもより帰る時間も遅くなってしまった。

「杉原先生、先生はなんで救命に決めたんですか?」
「え?」
いきなりまじめな質問をされ、思わず振り返った。

そこにいたのは先輩がかわいがっている医学生。
確か・・・塙くんだったかな。
普段大人しくてあまり話したこともない男子。

「どうしたの急に?」
「気になったんです。どうしてだろうって」
真っすぐに俺を見る目。

そう言えば、俺も少し前までこんなだった。
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