Loves only you
滝がオフィスを出たのは、友紀から遅れること3時間ほど後のことだった。


(結局こんな時間か。全く仕事の鬼だな、今の俺は・・・。)


我ながらそんなことを思う。


新上司の村田は、コンプライアンスにはうるさいが、店舗開発室長としては、上層部の意向をストレ-トに下ろすだけで、実務面は、滝にほぼ丸投げ状態。結局、彼の双肩にその責任がのしかかって来ている状態。


(今の俺には仕事しかないから、それはそれで構わんが、しかしさすがにちょっとシンドイかな・・・。)


思わずため息が漏れる。


(また週末に陽葵の顔を見に行くかな。)


今の自分にとって、ただ1つと言ってもいい活力源の顔を思い浮かべ、思わず笑みを浮かべた滝だったが続いて、ふと友紀の顔が浮かんで来た。


(そう言えば、杉浦はなんで急にあんなことを言い出したんだ・・・?)


「そんなにいつも帰りが遅いと奥さんとお子さんが心配されるんじゃないですか?」


友紀は確かにそう言った。自分がバツイチであることは、開発室の面々にはいつの間にか伝わっているようだった。別に隠すつもりもないから、それはそれで構わないのだが、それだけにあの友紀の言葉は謎だった。


(陽葵と一緒にいるところを、杉浦に見られたのか・・・?)


まさかとは思うが、それくらいしか理由は考えられなかった。だとしたら、いつ、どこで・・・と考えてみるが、心当たりは思いつかない。


(それにしても、不思議な子だ。)


改めて滝は思う。ぶっきらぼうな自分にも臆することなく接して来る友紀。それどころか、さっきは自分のことを尊敬するとまで言っていた。


(今の俺が部下から、それもよりにもよって、女性の部下から尊敬してるなんて言われるとは、夢にも思わなかった。それに正直に言えば、杉浦には、特に冷たく、厳しく接している自覚があるんだが・・・。)


思わず、苦笑いを浮かべる滝。


(だが、アイツからあんなことを言われて、実は満更でもないと思っている自分がいる。俺としたことが・・・一体どうしちまったんだ?)


そんなことを思って、今度は自嘲気味な表情を浮かべた彼の耳に


「雅也。」


と自分の名を呼ぶ声が入って来る。聞き覚えのあるその声に、ハッと振り返ると


「久しぶり・・・だね。」


ぎこちなく微笑み掛けてくる女性の姿が目に入る。


明奈(あきな)・・・。」


その女性の名を呼んだまま、滝は思わず固まってしまう。
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