Loves only you
もう無理と言い張る明奈に負け、仕方なく雅也は彼女を部屋に運んだ。苦戦しながらカギを取り出し、ドアを開いた途端


「雅也くん、ゴメ~ン。」


と言うや、ベッドに向かう明奈。


「お、おい紀藤。」


驚いて声を掛けるが、明奈はサッサとベッドにもぐりこむと、スヤスヤと寝息を立て始める。


「マジかよ・・・。」


一瞬茫然としたあと、おずおずとベッドに近付くと


(可愛い・・・。)


その天使のような寝顔に少し見入っていた雅也だったが、やがて


(これっていわゆるお持ち帰りってヤツだよな・・・。)


と思い至って、固まってしまう。今、目の前に憧れの女子が、全く無防備の状態で、自分のベッドで眠っている。


(おい、どうするんだよ、これ・・・?)


「据え膳食わぬは男の恥」という言葉を、雅也も知らないわけではない。その欲望はある、人並みにある。


(今、俺が手を伸ばせば、みんなの憧れのマドンナの全てが手に入るんだ・・・。)


改めて、明奈の寝顔を見下ろした雅也は、思わず生唾を飲み込む。


(ごめん、紀藤。俺、もう無理だ。)


先程までの密着と言い、もう雅也の理性は限界だった。明奈の枕元にひざまずき、その可憐な唇に、自らのそれを重ねようとした時


「う~ん。」


明奈の口から、声が漏れ、雅也はハッと我に返る。


(俺は何をしようとしてるんだ・・・。)


慌てて首を左右に振る雅也。


(さっき俺は、今なら紀藤の全てが手に入ると思った。でも本当にそうなのか?紀藤の身体は手に入ったとしても、心は・・・心までこれで手に入るのか?それだけじゃない。『明奈のことを安心して任せられる』って言ってくれた村雨たちの信頼も裏切ることになる。俺は一時の欲望を満たす為に、他の全てを失い、サークルにもいられなくなる・・・。)


まさしく今、雅也の心の中で、天使と悪魔が激しい鍔迫り合いを演じていた。やがてその勝者が決まった時、雅也は静かに立ち上がった。


(少し、公園で頭冷やして来るか・・・。)


そう思った雅也が、部屋を出ようとした時だ。


「雅也くん!」


呼び止める声がする。その声の主は当然ひとりしかいない、驚いて振り返った雅也の目に


「どこに行くの?」


と言って、恨みがましい視線で自分を見る明奈が映った。
< 55 / 136 >

この作品をシェア

pagetop