Loves only you
「それはどういうことでしょうか?」


やや口調を荒げて尋ねる高木の問いには答えずに


「君には全部の担当を降りてもらう。」


そう告げる滝。予想外の言葉に絶句している高木に


「俺は今日着任したばかりの新参者だし、現在、どのような案件を各自が抱えているか、午前中に室長からレクチャ-いただいた以上のことをまだ把握出来ているわけじゃない。だが、君の担当している物件については、俺が引き継いで精査させてもらうことにする。」


表情を変えずに通告した滝は


漆原(うるしばら)。」


と呼びかけた。


「は、はい。」


突然、自分の名前を呼ばれ、びっくりしたように立ち上がったのは入社2年目の漆原良夫(よしお)


「君は現在、高木さんのアシスタントに付いてるんだな?」


「はい。」


「引き続き、俺に付け。いいな。」


「はい。」


否も応もなく、コクコク頷く漆原。


「室次長、なんのご説明もなく、それはいくらなんでも横暴すぎます。」


ここでようやく我に返ったように、高木は抗弁するが


「この件については室長のご了解を得ている。とにかく言いたいことがあれば、全てが終わってから承ろう。」


滝にダメを押され、高木は悔しそうに唇を噛み、俯いた。


「以上、話はこれまでだ。みんな仕事を続けてくれ。」


そう告げて、オフィスを出ようとして、ふと足を止めた滝は振り返ると


「杉浦。」


これまた突然、友紀の名を呼んだ。びっくりして、先ほどの漆原のように立ち上がると


「お前が杉浦友紀か?」


「はい。」


なぜかフルネ-ムで呼んで、友紀を一瞥した滝は


「お前も俺の下に付け。」


「わかりました。」


自分より後輩の漆原は「君」なのに、私は「お前」呼ばわり?とやや不服ながら、とりあえず頷いた友紀に


「人間は概ね、自己の欲望の為に人を裏切る。それは特に女において、顕著な特徴であり、ゆえに俺は女という生物を、全く信用していない。」


と突然、難しい顔で言い放った。


「はぁ?」


この言い草に、さすがに友紀は唖然とし、他の面々も呆気にとられた表情で滝を見つめる。


「だからお前になんて、別に付いてもらいたくはないんだが、室長の指示なんで仕方ない。よろしくな。」


ニコリともせずに言い残すと、滝はオフィスを後にした。


(なんなの、あの人・・・。)


友紀は茫然と滝の消えた扉を見つめていた。
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