若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
1.
 あったま痛~。

 夜勤明け。昨夜は夜中に急患三件からの緊急手術まであるフルコースだった。
 幾ら若手とは言え、誕生日が来たら三十路というアラサー女子にはそろそろキツい。
 こんな状態で車を運転するのが危険だという自覚があるため、疲れた身体を引きずって向かうのは最寄駅。徒歩十分がたまらなく遠い。

「タクシー使えば良いのに」

 と言う同僚の声が空耳で聞こえるくらいには疲れ切っていた。けど、ただでさえ運動不足の自覚がある。通勤の時くらい歩かなきゃね? それに、住んでるアパートは電車でたったの三駅だ。病院から駅までが十分、電車に乗って十分、駅から家までが十分。電車の待ち時間を入れても四十分かからない。通勤時間としては近い方だと思う。

 多分、私はかなりボーッと歩いていたのだろう。
 角を曲がったら目の前が駅という曲がり角で、気が付いたらドシンと何かにぶつかっていた。

「あ」

「すみませんっ」

 慌てたような低い声が降って来た。
 ぶつかって弾かれたのは私の方。重量感のある物体で、こちらの顔に当たったのはスーツらしいハリのある布地の感触。
 ……これ、人だわ。
 しまった化粧つけちゃったかも!
 大概ハゲかけの超ナチュラルメイクだけど、社会人的に口紅だけはちゃんと付けている。まずいと慌てて勢いよく顔を上げた瞬間、ズキンという頭痛と共に盛大な立ちくらみに襲われた。
 うわ、まずっ。
 一瞬で視界が完全にブラックアウトして相手の顔は見えなかった。ただ背が高そうだなと言うのだけを感じた。

「え、大丈夫ですか!?」

 慌てたような声と共にガシッと大きな手に支えられた。

「すみません。大丈夫です」

 と言いながらも、あんまり大丈夫には見えないだろうことも自覚する。平衡感覚がおかしくなっている。申し訳ないと思いつつも支えてくれる力強い腕に甘えてしまう。
 医者の不養生とはこの事だ。恥ずかしいなあ、もう……。

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