若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「あ、キッチン使わせてもらいます」

 キッチンと言うのも恥ずかしい代物だが断る理由はない。

「はい」

 ……いや待て? そもそもなぜ彼がここに?
 と一瞬思った。けど、次の瞬間そんなことどうでも良いだろうと思いなおす。
 どうやら私の熱は結構高そうだ。頭痛は今もたまにその存在を主張してくる。お腹が空き過ぎて身体に全く力が入らない。寝不足だけは多少解消したかも知れないけど、このまま一人でいたら、最悪孤独死してたんじゃと思うくらいには、動ける気がしない。
 何か食べさせてくれるなら、頼ってしまえと本能が言う。

 そこで思い出した。
 お粥(とか他色々入った袋)をもらった後、立ちくらみと熱と空腹で多分、意識を失ったことを。で、最後に聞いた言葉からすると、彼はそんな私を玄関先から運んでベッドに寝かせてくれた上、心配して起きるまで待っていてくれたのだろう。

 ……なんで、そんなに親切にしてくれるんだろう?
 やっぱり知り合い?
 でも、どう考えても記憶にない顔だった。
 ぼんやり考えを巡らせる私に気づいているのか気づいていないのか、牧村さんは実に自然な様子でお粥のパッケージをチェックして、

「電子レンジ借りますね」

 と言ったり、電子レンジが動いている間にスポーツドリンクを持ってきて身体を起こすのを手伝って飲ませてくれたり、やたらと甲斐甲斐しい。
 実は社長ってのは冗談で介護職か看護師なんじゃ?と疑うくらい手厚く手際良く立ち働く。

「そちらのテーブルで食べますか? ……いや、多分、やめた方がいいですね。今日、何度も立ちくらみを起こしてますし。ベッドに運ぶので待っててください」

 起きたからって小さな座卓で食べるだけだけど、確かにエネルギー補給前に動けるイメージがない。スポーツドリンクですら身体に染み渡る至福な感覚があったくらい、どうにも自分は飢えているらしい。

「お言葉に甘えさせてもらいます」

 ここまで来たら、ありがたくお願いしよう。お礼は後からまとめてさせてもらえばいい。うん。そうしよう。

< 10 / 192 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop