若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「響子さん?」

「……あ、すみません」

 気持ちが現実に戻りきれず、多分険しくなっているであろう表情を緩めるべく眉間をぐりぐり触っていると、牧村さんが心配そうに私の頭をそっとなでた。
 その大きな手とぬくもりを感じると、今度は一気に現実に引き戻される。そして急に照れくさくなって、思わず唐突に話題を変えてしまった。

「牧村さんは今日、仕事忙しかったですか?」

 ……あ、しまった。仕事の話はタブーだったんじゃ!?

「今日、ですか? そうですねー、いつも通りです。会議を三本、来客が二組、後は書類を読んだり決裁したり」

「……忙しそうですね」

「そうでもないですよ?」

 と言うか、牧村さん、本当は何してたんだろう? 私以外の女の人に会ってたのかな? 結婚詐欺師の人って、同時に何人にも声かけるんだよね? 会議が三本って言うことは三人? それとも、私がその内の一人?
 ……やだな。
 もう私専属で良くない?
 毎日、こんなご飯食べさせてもらえるなら、喜んで養わせてもらうんだけどなぁ。

 ぽつりぽつりと会話をしつつ、牧村さんが食べ終わるのを待つ。
 食後、さすがに何もしないのが申し訳なくなって、

「お皿くらい洗います」

 と言うと、

「大丈夫ですよ。……でも、もし良かったら洗ったものを拭いてもらえますか?」

 と笑いかけられた。
 牧村さんが手早く洗ったものを私が受け取って布巾で拭いて重ねていく。並んで作業するのが、何故かとても楽しかった。家事なんて大嫌いなはずなのに。

 全部洗い終わり吹き終わり、重なった食器を見て牧村さんが首を傾げた。

「響子さん、これ、ここに置いていっても大丈夫ですか?」

 今日の食器はどれも牧村家からやって来たものだ。

「良いですよ。どっか入りそうなところあったかな?」

「引き出しを少し整理すれば入ると思いますので、じゃあ、入れておきますね」

「お願いします」
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