若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「お連れ様は先に到着されて、お部屋でお待ちです」

 女将に先導されて通された離れの座敷。
 目に飛び込んで来たのは華やかな振袖を着た女の人。

「部屋を間違えたようですね」

 女将にそう言った瞬間、

「牧村社長、ご無沙汰です!」

 と立ち上がったのは、女性の隣にいたらしい男性。取引先HTシステムズの社長だった。
 瞬時に何が起こったのか気づき、全身から怒りと不快感が湧き上がる。
 顔が歪まないように全力の気合いで何とか困惑して戸惑っている風の笑みを浮かべた。

「服部さん、これは……どういうことですか? 今日は服部社長と役員の方とお聞きしていたのですが?」

 本当は聞かなくても分かっている。
 連結子会社数百社、従業員数万人を抱える牧村商事の社長とは言え、僕は若い。一般社会ではもう若いと言える年ではないと思う。だけど、老舗の大手企業で社長業を営む人間の中では、僕はまだ未熟な若造なのだろう。与し易いと思われるのか、独り身だからか、この手の話はしょっちゅう舞い込んでくる。
 ここまで強引な不意打ちは少ないけど、パーティーに顔を出せば次々にどこぞのご令嬢とやらを紹介される。自分からやって来る猛者も多い。
 ウンザリだ。いい加減にして欲しい。
 だけど、仮にも取引先の社長だ。話も聞かずにここを去る訳にはいかない。

「社長、ご到着でしたか。すみません。お手洗いに立っておりまして」

 そう言って背後から登場したのは、うちの本部長。HTシステムズと取引のある本部のトップということで今日、同席することになっていた。

「女将、ここは良いから準備を頼むよ」

 そつなく女将に笑顔を見せて、本部長は僕の背を押し中へと導く。
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