若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「牧村さん、ご趣味は?」

「週末はどのようにお過ごしですか?」

「お庭の梅が綺麗に咲いているのですって。後で見に行きませんこと?」

「こちらのお料理、とても美味しいわ。牧村さんはどんなものがお好きなのかしら?」

 耳障りな甲高い声で繰り広げられるどうでも良い話。
 挙げ句の果てには、

「嫌だわ。お仕事の話なんて、お食事の席ではやめましょうよ」

 と来たものだ。
 もちろん、こんな席でガッツリ取引の話などはしない。ただ、お互いに腹の探り合いはするし、今後の取引の流れや方向性なんかはこういう場で見えてくる。
 場違いなのも見当はずれなのも君の方だ、と言いたいが、言えない。服部社長が何も言わずに笑顔でいるから、こちらも苦笑いで対応するしかないではないか。本部長すら、

「ゆかりさんはゴルフをされるんですか。それは今度ご一緒したいな。ねえ、社長?」

 とか、そっちに話題を振るからたまらない。

 非常に気まずく無駄な時間を約二時間過ごした後、ようやくお開きとなった。
 玄関までの間に通った渡り廊下の小さな段差で、

「あっ!」

 と小さな声を上げ服部社長の姪がつまづいた……ふりをした。ああ、これはわざとだなと思ったけど、隣にいたら手を貸さない訳にはいかない。
 仕方なく手を出して抱きとめるとギュッと抱きつかれた。やめてくれ。気持ち悪い。

「ごめんなさい!」

 そう言って、あざとく僕を見上げる女。

「いえ、大丈夫ですか?」

「ええ、幹人さんが抱きとめて下さったから」

 さっきまで名字だったのに、いつの間にやら名前呼び。
 そして、女はいかにも慌てた様子を取り繕って、

「大変! 幹人さんのスーツを汚してしまったわ」

 と僕のスーツの上衣に手を伸ばす。見ると胸元にべったりと赤い口紅が付いていた。……勘弁してくれ。
< 118 / 192 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop