若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「飲んでください。幾つか買ってきたんですが、これがよさそうだったので」

 ザッと成分を確認して箱を開けようとすると、箱ごとだったのはパッケージを見せるためだったようでスッと取り上げられる。開封して「どうぞ」と錠剤を手渡され、準備されていた水でゴクリと飲み込んだ。
 壁の時計を見ると、もう二十三時を過ぎていた。

「お世話かけました。本当にありがとうございました」

「もう大丈夫そうですか? というか、誰かご家族とか」

 二十歳の時に両親を亡くした私に家族はいない。ついでにパートナーもいない。同業者はお互い忙し過ぎてすれ違いがすぎるし、一般人とはそもそも時間帯が合わない。過去何度かお付き合いをしたこともあるけど、結局続かなかった。

「いません。見ての通り、侘しい一人暮らしです」

「そうですか。……じゃあ、泊まります」

「は?」

「いえ、お粥も食べられたし薬も飲めましたが、まだ熱も高いですし」

「寝てれば治りますよ」

「いえでも、想像でしかありませんが、朝、あのまま電車に乗ってたら、多分、ここまで辿り着けてなかっただろうし、夕刻に私が来なかったら、動けずに大変なことになっていたかも知れませんよ」

 ……反論できない。
 確かに、朝、あのまま電車で帰ってたらどこかで倒れて救急搬送されていたかも知れない。行き先が勤務先の大学病院だったりしたら恥ずかしいったらない。
 夕方も牧村さんが来てくれなかったら飢え死にしていたかも。というのは大袈裟かも知れないけど、明日は休みだから明後日出勤しない私を心配した誰かが見に来たら瀕死の重体……とか言うのはありそうで怖い。

「……お世話かけました」

「いえ、お役に立てたなら幸いです」

 牧村さんは嬉しそうに笑った。

「まあ、一人暮らしの女性の部屋に泊まると言うのはさすがにナシかも知れないですね。明日、様子を見に来ます。それまでに何かあったら連絡ください」

 そう言って、牧村さんは朝くれた名刺をまた出して、その名刺にプライベートの番号を書いた。

「何時でも飛んでくるので連絡くださいね」

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