若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「え? 彼女?」

 女は目を大きく見開いた。

「決まった方はいらっしゃらないと……」

「ええ、牧村さん、もう随分長くお相手はいないとおっしゃってたじゃないですか」

 本部長も驚いたように目を見開いていた。
 もはや僕をターゲットにしていたと隠すこともできていない二人に、僕は告げる。

「先日、ようやく運命の相手に出逢いまして」

 響子さんの飾らない笑顔を思い出した瞬間、思わず満面の笑顔になる。

「申し訳ないのですが、もう私はフリーではないんです」

 そう告げると返事を聞くことなく、

「さあどうぞ」

 と乗車を促す。
 二人が乗り込むと、

「今日はありがとうございました。お休みなさい」

 と素早く言ってタクシーのドアをバタンと閉めた。
 隣の本部長からは、

「社長、本当ですか!?」

 と聞かれ、

「ああ。本当だ。なので、このようなことは二度とやめて頂きたい」

 と厳しい声で伝える。

「さあ、狭山さんもタクシーにどうぞ」

 と本部長の背を押した。

「一体どんな女性が……」

「それは追々。では、おやすみなさい」

 ニコリと笑いかけてドアをバタンと閉める。
 手を振り踵を返すと離れたところに控えていた真鍋さんがスッと寄ってきた。

「お疲れ様でした。……あれは、いつものですか?」

「遅くまですみません。そうなんですよ。社長と常務というから、何を話そうか考えていたんですが、話になりませんでした」

 ため息を吐くと、真鍋さんは僕の背中をポンポンと叩いた。

「元気出してください。こういうのも、あと少しで終わりますよ」

「あ、そうか。結婚したら、僕自身を狙ってくるような輩は減りますね!」

「はい、きっと。さ、帰りましょう」

 真鍋さんが開けてくれたドアから後部座席に乗り込む。

 玄関先まで見送りに来ていた女将が、

「本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 と綺麗に立ち礼をした。


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