若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
車内でフーッと長く息を吐くと、真鍋さんがもう一度「お疲れ様でした」と労ってくれる。それから、
「帰り道、若園様の勤務先を通りかかるように行きますね」
とご褒美をくれた。
「良いの!?」
勢い込んで答えると、真鍋さんは
「一瞬で復活されましたね」
と楽しげに笑った。
せっかく真鍋さんのおかげで楽しい気分になれたのに、不意に目に入った赤いシミが気持ち悪くて車の中で上衣を脱ぎ捨てた。そして、この無駄な二時間と最後につけられた置き土産を思い出す。またしても不快な気持ちがわき上がってくる。
でも、真鍋さんに
「社長、そろそろですよ」
と言われて外を見ると響子さんが勤めるN大学病院が見えて来た。一瞬で気分が切り替わる。
響子さん、今日は眠れているだろうか? それとも忙しく立ち働いているだろうか?
総合病院の息子、医師の息子だけど、実際のところ聞き齧った程度の知識しかない。それでも、大学病院勤務の脳外科医の毎日が相当忙しいだろうと言うのは分かる。
……こんなくらいで文句を言っていたら響子さんに申し訳ないか。同席者が気に食わなかろうが、やっていることは結局座っておしゃべりしながらの会食、それだけだ。
あっという間に病院の横を通り過ぎてしまう。真鍋さんは少しだけスピードを落としてくれたけど、それでも体感的には一瞬だった。
寂しいな。会いたいな。
いや、明日には響子さんに会えんだ。明日の今頃は一緒にいるんじゃないかな。明日は何を食べさせてあげよう?
家に向かう車の中で、明日のメニューを考える。
明日は夜は空いているけど定時までみっちり仕事が詰まっている。だから、金曜日のように早く会社を出るのは無理だ。短時間で作れて、響子さんの栄養になるようなバランスの良い食事。かつ、家庭料理のカテゴリーに入るもの。
「親子丼」
卵と鶏肉でタンパク質たっぷりだが、野菜は玉ねぎだけ。
「味噌汁」
具沢山にして野菜を取ってもらおう。それでも心持ち野菜が足りない気がする。
「煮物作るか」
でも、煮物は作ってから少し時間を置いて味をなじませた方が断然美味しい。根菜の煮物、今日の内に作っておくか? そうすれば、明日の夜にはちょうどいいんじゃないかな。夏は無理だけど、今の時期なら大丈夫。
家に着く頃には、怒りと不快感に彩られた嫌な気持ちは大分薄れていた。何もかもが響子さんで上書きされていた。
着替えて汚れたスーツが視界から消えると、もっと心が軽くなる。
煮物用の野菜を切り始める頃には、頭の中は響子さん一色に塗り変わっていた。
「帰り道、若園様の勤務先を通りかかるように行きますね」
とご褒美をくれた。
「良いの!?」
勢い込んで答えると、真鍋さんは
「一瞬で復活されましたね」
と楽しげに笑った。
せっかく真鍋さんのおかげで楽しい気分になれたのに、不意に目に入った赤いシミが気持ち悪くて車の中で上衣を脱ぎ捨てた。そして、この無駄な二時間と最後につけられた置き土産を思い出す。またしても不快な気持ちがわき上がってくる。
でも、真鍋さんに
「社長、そろそろですよ」
と言われて外を見ると響子さんが勤めるN大学病院が見えて来た。一瞬で気分が切り替わる。
響子さん、今日は眠れているだろうか? それとも忙しく立ち働いているだろうか?
総合病院の息子、医師の息子だけど、実際のところ聞き齧った程度の知識しかない。それでも、大学病院勤務の脳外科医の毎日が相当忙しいだろうと言うのは分かる。
……こんなくらいで文句を言っていたら響子さんに申し訳ないか。同席者が気に食わなかろうが、やっていることは結局座っておしゃべりしながらの会食、それだけだ。
あっという間に病院の横を通り過ぎてしまう。真鍋さんは少しだけスピードを落としてくれたけど、それでも体感的には一瞬だった。
寂しいな。会いたいな。
いや、明日には響子さんに会えんだ。明日の今頃は一緒にいるんじゃないかな。明日は何を食べさせてあげよう?
家に向かう車の中で、明日のメニューを考える。
明日は夜は空いているけど定時までみっちり仕事が詰まっている。だから、金曜日のように早く会社を出るのは無理だ。短時間で作れて、響子さんの栄養になるようなバランスの良い食事。かつ、家庭料理のカテゴリーに入るもの。
「親子丼」
卵と鶏肉でタンパク質たっぷりだが、野菜は玉ねぎだけ。
「味噌汁」
具沢山にして野菜を取ってもらおう。それでも心持ち野菜が足りない気がする。
「煮物作るか」
でも、煮物は作ってから少し時間を置いて味をなじませた方が断然美味しい。根菜の煮物、今日の内に作っておくか? そうすれば、明日の夜にはちょうどいいんじゃないかな。夏は無理だけど、今の時期なら大丈夫。
家に着く頃には、怒りと不快感に彩られた嫌な気持ちは大分薄れていた。何もかもが響子さんで上書きされていた。
着替えて汚れたスーツが視界から消えると、もっと心が軽くなる。
煮物用の野菜を切り始める頃には、頭の中は響子さん一色に塗り変わっていた。