若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「タメ口で大丈夫ですよ」

「そう言うわけには」

「むしろ、気安く話して欲しいのですが」

 その方が可愛いし、嬉しいんだけど。

「んー、それは、またいずれ」

 いずれっていつ?
 敬語だけじゃなく、本当は名字じゃなく名前で呼んで欲しいし。
 二週間くらいで「幹人」って呼んでもらえる距離感まで行きたいな。どうだろう。厳しいだろうか? あー、来週の出張が憎い。なんで、あれOKしちゃったんだろう。いや、仕事だ仕事。ただ、時期が悪かっただけで……。一ヶ月前ならまったく問題なかったのに。



 炊飯器のスイッチを入れ、野菜を切り、肉を切りしていると、視線を感じた。響子さんがコーヒーカップ片手にベッドにもたれながらこちらを見ていた。

「お待たせしてすみません。お腹空きました?」

 そう聞くと、響子さんはお腹に手を当てた。そのまま小首を傾げて返事がない。
 お腹が空いているのか空いていないのか? まだ眠いのかな?
 お腹が空いているのを恥ずかしくて言えないというタイプではないと思うけど、せっかく持ってきたし先に出しておくかな。
 持参した小鉢に、昨夜作った煮物を盛り付ける。

「急いで作るので、これでも食べて待っててください」

 まだ考え込んでいた響子さんのところに持って行くと、

「え、もう作ったんですか!?」

 と急に我に返ったように目を丸くして煮物を凝視する。

「まさか。さすがに、この時間から煮物までは厳しいと思って、昨日の夜煮込んでおきました」

 笑いながらお箸を渡すと、響子さんは素直に受け取り、「いただきます」と手を合わせた。
 早速、煮物に箸を付けてくれる。隣でずっと見ていたかったけど、そうはいかない。横目で響子さんを見つつ、キッチンに戻る。

「あ、美味しい」

 そんな声が聞こえて来て嬉しくなる。

「ありがとうございます」

 そう言うと、響子さんはニコニコ笑いながら、また煮物を口に入れた。


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