若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 それから約三十分。親子丼とお味噌汁も完成した。急いで作った割には美味しそうにできたと思う。
 親子丼は一時期はまったことがある。食べる方じゃなくて作る方。この半熟とろとろ感を出せるようになるまで、少しかかった。久しぶりに作ったけど、身体が覚えていてホント助かった。
 お盆に乗せて二人分をテーブルまで運ぶ。今日は食器も全部持参した。もちろん、オフィスにまで持って行ったのは冷蔵庫に入れておきたい煮物だけで、食器類は車の中に置いておいた。
 そう言えば、冷蔵庫の煮物(の入った紙袋)が何かと秘書に突っ込まれたのを思い出す。今日は「手土産」と適当にはぐらかしてきたけど、これも言っておいた方が良いのだろうか? いや、手土産には変わりないから別にいいか。僕が手料理を貢いでると言っても、代わりに買い出しを頼める訳でもないのだから。

「手抜きですみません」

 と言いながら、丼、お椀と並べていると響子さんは勢い込んで

「とんでもないです!」

 と目を輝かせてくれる。
 良かった。今日の料理も合格点かな。

「どうぞ、召し上がれ」

「いただきます!」

 響子さんは最初に親子丼に手を伸ばす。一口食べて、いかにも幸せと言った感じで笑顔が溢れ出る。次に味噌汁のお椀を持って、また一口。こっちでも幸せそうに目を細めた。

「美味しいです!」

「それは良かった」

 満面の笑顔が本当に可愛い。作った甲斐があると言うものだ。
 ああ、そうか。お料理上手の専業主婦の皆さんは、きっと家族のこの笑顔が見たくて、この笑顔に魅せられて更に料理の腕を磨くのだろうな。
 僕は専業主婦でもないし、これまでは完全に自分のためだけに料理をしていたけど、こんな笑顔が見られるなら、もっと色んなものを食べさせたくなるしバリエーションも増やしたくなる。

「いただきます」

 自分も手を合わせて食べ始めた。うん。美味しい。
 かつて自分のために作って一人で食べていた時の何倍も美味しかった。初めてこの味、この半熟とろとろ感を出せた時の達成感でいっぱいの一皿より美味しいのは、隣に響子さんがいるからに違いない。


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