若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「……牧村さん」

「はい」

「えっとですね」

 響子さんはなにかを言おうと僕の顔を見上げる。だけど、そのまま言いよどんで視線が下がる。
 ダメだ。ごめん。どう聞いて良いのか分からない。それに、何が響子さんの顔を曇らせたのか見当が付かない。見当は付かないけど、とにかく僕には何を言っても良いのだと、どうすれば伝わるのだろう?
 そう思った瞬間、響子さんを抱きしめていた。

「嫌なことは嫌って言って良いんですよ?」

 頭をなで、背中をゆっくりとさする。
 自分がなぜこんな行動に出たのか分からない。だけど、これは正解だったらしい。

「……一人で、ご飯食べるの、嫌なんです」

 しばらくの沈黙の後、響子さんはぽつりとそう言った。とても心細そうな、今にも泣き出しそうな声で。
 その言葉でようやく気づいた。ご両親を亡くした後、家庭料理を食べたことがなかったと言った響子さん。美味しそうに食べてくれたから気づけなかった。一人で食べる食事の寂しさに……。
 後悔で胸が締め付けられる。

「そうでしたか。ごめんなさい。じゃあ、この前も」

 本当に申し訳ないことをした。いや、可哀想なことをした。
 もっとしっかり考えて行動しなくてはいけなかった。

「あ、いえ、美味しかったです!」

 慌てて顔を上げると響子さんはそう言ってくれるけど、そうじゃない。問題はそこじゃなくて。

「ありがとうございます。でも美味しいのと、一人で食べるのが嫌なのとは違う話ですよ?」

「……まあ、そうですが」

「病院で食べるのなら大丈夫ですか?」

「はい。朝はほとんどそうしてます」

 そうだよね。
 実は冷蔵庫にあった牛乳とパンも予想通り賞味期限が切れていたので、コッソリ処分させてもらった。
 いや、今大切なのはそれじゃない。
 考えろ、自分。響子さんに気を遣わせず、今あるものをどう片付けるか? 最悪、ご飯は冷凍、味噌汁は冷蔵庫に入れておくと言うのもあるけど、それは悪手だろう。
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