若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「そうだな……じゃあ、おにぎり作るので持って行きます?」

「え?」

「ただのおにぎりだと、さすがに味が落ちる気がするので、焼きおにぎりとか」

「え、焼きおにぎり?」

「嫌いじゃなければ」

 笑顔でそう言うと、響子さんは小首を傾げて

「好きだと思います」

 と言ってくれた。
 はっきり好きと言わなかったのは、多分、家で食べる習慣がなかっただけだろう。上々だ。

「じゃ、すぐ作るので待っててくださいね」

「え、でも……」

 そんなの申し訳ない、と続けそうなのを封じ込める。

「響子さん、大丈夫です、これは餌付けなんで。一ヶ月後に正式にお付き合いしてもらえるように、頑張ってるだけだから、やらせてください」

 そっと抱きしめ耳元でささやくと、響子さんはびくりと震えた後、小さな声で

「はい」

 と答えてくれた。

 おにぎりを握り始める僕の側を響子さんは離れなかった。そのまま、面白そうに横で見学。
 ボウルにご飯を入れて合わせ調味料を入れて混ぜる。それから、おにぎりを握る。ただ、それだけなのに、響子さんは、「へえ~」とか「なるほど」とかつぶやきながら見ている。
 おにぎりを握る段になると、

「牧村さん、ホント、器用ですね」

 と言われた。
 多分、指先の器用さでは響子さんのが上だろうと思う。けど、多分、そう言うことじゃない。響子さんだって同じこと、絶対できると思う。けど、やらないんだろうなと思うと面白かった。

 フライパンで焼くところまで来ると、響子さんの目は釘付けだった。醤油の焦げる香ばしい匂いが漂う頃になると、目がうっとり和らぐ。
< 132 / 192 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop