若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 その後、私が歯磨きして顔を洗って部屋着に着替えて後は寝るばかりというところまで見届けると、牧村さんは帰って行った。もちろん、着替えは風呂場の脱衣所で。
 ここは狭い安アパートだけど風呂とトイレが別になっているのが気に入っている。と言うか、そうじゃなかったら多分、卒業後は住み替えていた。ちなみに家賃が安いのも良い。お金には困ってないけど、寝に帰るだけの部屋に無駄な大金をかける必要はないと思う。

 しかし、一目惚れ……ねえ。
 二十九歳にして、そんなこと初めて言われた。
 顔立ちは割と整っている方らしい。美人と言ってもらうこともある。けど、なにせ面倒くさがりで、化粧も身なりも適当で……。

 この年になると素が良いことより、いかにメイク技術に長けているかとか服装はもちろんのこと髪やネイルにまで気を遣っているかの方が見た目の印象を左右する。
 マメに美容院に行くのが嫌で伸ばしっぱなしの髪は癖のないサラサラの直毛。洗いっぱなしでも傷まないし、朝もブラシで軽くとかすだけでそれっぽくなるから手間がかからなくて楽だ。そんなことを思っているようでは多分ダメ。百歩譲って髪はまだ良いとしよう。運良く手間いらずのラッキーヘアを生まれ持ったとも考えられる。
 でも、服装にしたって仕事ではどうせ白衣を上に着るしと中は量販店で同じものを三枚ずつ買って着回すズボラさ。学会とかで必要なスーツは二着。中のブラウス三枚と組み合わせれば、この枚数でも何とかいける。
 服の買い直しが面倒なので体型維持だけは気をつけている。運動不足だけど食べ物にもこだわらないし、なんなら食べることにもこだわらないので太ることはない。

 ……いや、女として終わってる?
 でも、男ならこれくらいでも許されるよね。少なくとも清潔であること、人を不快にさせないこと、TPOを意識することだけはしているし。

 で、話戻って、こんな私に一目惚れ?
 冗談か?
 だけど、そんな冗談言うタイプには見えなかった。
 むしろ、恐ろしく育ちが良さそうな人だった。品が良くて穏やかで。優しげな整った顔をしていた。
 ああ、気の迷い。もしくは物珍しさ?
 #蓼__たで__#食う虫も好き好き。
 ……いや、さすがに自分を蓼というほどには自己評価は低くない。

 だけど、考えてみると不思議だ。牧村商事の社長というのが本当だとして、あの顔とあの人柄、あのステイタスで、なぜ三十六……いや、三十五って言ってたっけ、その年まで結婚していない? 普通に考えて、引く手数多でしょうに。
 布団にくるまってそんなことを考えている内に、いつの間にか眠っていた。
 鎮痛解熱剤が効いていたのか、お粥でお腹が満たされたのが良かったのか、その頃には身体も幾分楽になっていた。
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