若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「お待たせしました」

 ドアの開く音を聞きながら、牧村さんの手が離れていく。名残惜しい。

「突き出しの若竹煮と黒豆茶でございます。こちらに急須も置いておきますので、ご賞味ください」

「ありがとう」

 お酒じゃなくても居酒屋だけに冷たい烏龍茶辺りが出るのかと思いきや、目の前に置かれたのは湯気の立つ温かいお茶。

「……黒豆、茶?」

「はい。飲みやすいお茶ですが、もし苦手なら違うものを頼むので言ってくださいね」

「あ、はい。いただきます」

 やけどしないように気をつけながらそっと口をつけると、香ばしいお茶の味が口に広がった。

「……美味しい」

「それはよかった」

 牧村さんも湯飲みを手に取る。

「これ、ノンカフェインなんですよ」

「へえ」

「さっき、うっかり栄養ドリンクなんて渡しちゃったので、せめてお茶はカフェインレスでと思いまして」

 細やかすぎる気遣いに思わず笑ってしまう。

「ありがとうございます。でも、そんな繊細な質じゃないんで大丈夫ですよ」

「そうですか?」

「はい。でも、これ好きなので」

 ごくりとまた黒豆茶を飲む。

「選んでもらって嬉しいです」

 そのまま、「いただきます」と若竹煮にも手をつける。

「あ、美味しい」

 牧村さんも向かいで、

「いただきます」と手を合わせた。



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